ファンタジア

ルンド10

「あの後ろ姿、誰かに……! レイチェル様!!」
「えぇっ!? あんな女の子がか!!」

 まだ太陽が完全に昇りきっていない午前中、アルサロサへ続く荒削りの道での突然の再会だった。
 ルンドとセザールを乗せた馬車は、頼まれた人々を丁重に送り届けた後、アルサロサ直通の国道を通って行くことになり、少し急な曲がり角を曲がった途端、ルンドがやっと人と分かるぐらいの遙か前方にレイチェルの姿を認めたのだった。
 その途端ルンドは何かに弾かれたように手綱を操り、セザールが危うく前方の太い枝に頭を直撃しそうになっても構わず、ただ一点だけを見つめて馬達を急がせた。
「あっ馬鹿! 大きい音を立てるとレージラールされるぞ!!」
 機転の効いたセザールの呼びかけも虚しくルンドはつい思い切り叫んだ、前を歩く小さな少女の名前を。
「レイチェル様!!!」
 その大声が聞こえたようだ、レイチェルはエルフ特有の大きな耳をぴくんと振るわせると辺りをきょろきょろと見回し、最後に後ろを振り返った。
 すると少し驚いたような仕草を見せ、にっこりと笑みを浮かべてセザールの予想とは裏腹に(ルンドは考えている余裕はなかった)猛スピードで向かってくる馬車の到着を待った。のんきに手まで振って。

「あら〜、やっぱりルンドだったのですわね〜。久しぶりね〜」
 相変わらずのんき口調のレイチェル、とは裏腹にセザールの状態は酷いものだった。
 あまりの猛スピードで駆けてきた(実際に駆けたのは馬)ので、弾みで腰を思い切り打ち、馬車の上であまりの痛さにのたうち回っていた。
 一方そのセザールの腰痛の犯人、ルンドはそんなことお構いなしに馬車から降りるとレイチェルに駆け寄った。
「探しましたよレイチェル様……!! どうなさったのですか! その法衣!!」
 見ると法衣はボロボロ、靴は泥まみれ、挙げ句の果てに髪は乱れきっていた。
「ああ、え〜と、これはですね〜……」
 レイチェルが返答に困っていると、セザールが俺を忘れないでくれとでも言う様に声にならないうめき声を漏らした。
 それを聞いて、これ幸いとレイチェルはルンドの横をするりと抜け、セザールに駆け寄った。
「まあ〜 これは酷いむち打ちですわね〜早く治しましょ〜」
 言うとアッという間に、数日前に行使したお得意の高等回復魔法マーヴァリースを詠唱すると同時に、セザールの腰に手を当てて治してしまった。
「もうこれで大丈夫ですわ」
「レイチェル様……まだその癖、直ってなかったのですね、かすり傷から重傷の傷まで全てマーヴァリースで治してしまう癖……」
 ルンドが諦め口調に言う。
「……よく分かんないけど助かったよ、有難う、えーと、レイチェル様……だっけ?」
 またルンドに何かされてはたまらないと、「レイチェル様」の所をやや強めに発音して十歳以上歳の離れている少女にお礼を言った。
「レイチェルでいいですよ〜」
 そんな事言われても、あんたの後ろにいる奴が凄い目つきしてこっち睨んでくるから言える訳無いじゃないか!
 と叫んでやりたいセザールだった。

「では、ラジアハンドに戻りましょう、レイチェル様。
 法衣の件については、帰り道に必ず聞かせて頂きますからね」
 ルンドがまずそう言った。
「でも私〜フォルクスさんとリオさんにお礼言ってないわ〜じゃあちょっと行って来るわね〜!
 アルサロサの宿にいるから迎えに来て〜」
 レイチェルがそう話を切り返し、二人が思わず振り向くとそこにはレイチェルの姿はもう無かった。
「あちゃー逃げられたな……ルンド行くのか? アルサロサに」
「勿論です。済みませんが飛ばしますよ」
 一応断ったところから見て少しは冷静になったかな、と安堵するセザールだったがするのは早かった事に後から気付くのだった。
「少しはお前冷静になれえぇぇぇ!!!」
 それから暫く静かな森にはセザールの絶叫が響きわたるのだった。

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