そこにいたのは店の主人だけだった。
こちらには気付いていない様子で、何やら本を読んでいる。
昼時だというのに、この店には誰も客がいないらしい。
食事処の昼時といえば、かき入れ時だろうに……。
もしかしたら二人が気付かないだけで、入り口に閉店のプレートがかかっていたのかもしれない。
そう思って一旦店の外に出ようと、ドアまで戻ろうとすると、こちらに気付いた店の主人が慌てて二人を呼び止めた。
「お、お客さん! ちょっと待った待った! なんか食べて行きなよ!」
……どうやら店自体はやっているようだ。
メニューをもらってみて驚いた。
見たこともないような料理名ばかりが並んでいる。
ドラゴンのフライ・・・・・・・・・20ラージ
サンドウルフのさっぱり炒め・・・・20ラージ
野菜と虫のセレナーデ・・・・・・・10ラージ
砂塵サラダ・・・・・・・・・・・・10ラージ
ヘビの踊り焼き・・・・・・・・・・20ラージ
ヘビのジール漬け・・・・・・・・・15ラージ
特製焼き肉・・・・・・・・・・・・30ラージ
ピコの実サンド・・・・・・・・・・10ラージ
キュア・・・・・・・・・・・・・・・5ラージ
ジール&ジール・・・・・・・・・・15ラージ
サンドウルフエキス・・・・・・・・10ラージ
何だか怪しいものばかりで、二人は席を立ちたくなった。
しかし、主人がニコニコしながら注文を今か今かと待っている。
もう店を出れるような雰囲気ではない。
仕方なく、無難なところでキュアという飲み物だけを頼んだ。
すると、主人はあからさまに嫌そうな顔をしてメニューと楽を交互に見だす。
どうやらもっと注文しろと催促しているらしい。
このままではずっとこの店に足止めをくらいそうな予感がしたため、こちらも嫌々ながら「特製焼き肉」を二つ注文した。
すると、主人は一番値の張る注文を二つ受けたことで満足したようだった。
踊るようにして厨房らしき店の奥に入っていく。
二人は見合わせてホッとため息をついた。
しばらくすると店の奥からご機嫌な顔をした主人がキュアを持って現れた。
なんとも言えぬ甘い香りが店内を漂う。
早速飲んでみる。
その微かに蒼い液体は、ほろ苦く、どことなく甘い……が、薄い。本物の味がどうだかは知らないが、異常なほどにその味は薄い。
……もしかしたら薄めてあるのかもしれない。
5ラージのキュアがこの調子では、他の物はどうなのだろうと心配になった。
そして、特製焼き肉が運ばれてきた。
どうやら主人の改心の料理らしく、誇らしげにその料理はテーブルに置かれた。
香りはなかなか食欲をそそるが、皿に盛られたその肉はなんとも言えず食欲を低下させる物だった。
何の動物のどのあたりの肉なのか定かではないが、奇妙な突起が所々にあり、その突起の先端にはびっしりと毛が生えている。焼いてあるにもかかわらず、肉の色は何故か青っぽく、見る者にどことなく毒々しい感じを与えた。
「う……楽ちゃん、こんなの食べるの? さっきの飲み物といい、なんかちょっと変じゃない? この店……」
小声でリーザがささやいた。
これには楽も同感である。
この料理だけは口に入れたくない。
すると、もう一度リーザがささやいた。
「ねぇ、楽ちゃん……私、この料理はパス……第六感が告げてるの……食べるな、食べるな、って……」
これにも楽は同感だった。
しかし、期待の眼差しで見つめる主人の視線が痛いほどに刺さる。
今度は楽の方から小声でささやいた。
「……では、リーザさん……拙者、一口だけ、食べます。どうなるか分かりませんが、手を付けずして店を出られそうにありません。
拙者が一口食べたら、用事を思い出した、とでも何とでも言って、拙者と共に店を出ましょう……いいですか?」
リーザが、わかった、という風にゆっくりとまばたきを返す。
それを見て取り、楽は肉をほんの少しだけ切り取った。
表面だけでなく、肉の中まで青い。
深く息を吸い、目をギュッとつぶって一気に口の中に肉を運んだ。
「うっ……」
舌がヒリヒリする……そして、喉の奥に何かが絡みつくような感触……
ひとかけらの異物が楽の体内に収まった。
「そうだ、楽ちゃん! 時間、時間! 早くしないと間に合わないよ! ほら、遅れたら大変なことになる!!」
いきなりリーザが大声を上げた。
合図だ。
慌てて楽も大声で、幾分おおげさにして返す。
「あっ! 本当だ! リーザさん、早く行きましょう! 拙者、すっかり忘れていました!! 早くしないと殺されてしまう!!」
これはあながち嘘ではない。
あの料理を平らげることになったら、それは本当に死を意味しそうだった。
「主人、すみません。料理をいただいている途中で申し訳ないのですが、拙者達、もう行かねばなりません! お代はここに置きます。それでは!!」
代金分の銅貨を置いて、逃げるように席を立つ。
リーザもあとに続いた。
二人して店を飛び出て、走った。
何も知らないシェプシは、久しぶりに思う存分体を動かせて嬉しそうだ。
店から逃げる途中、楽は一度振り返って店の名前を見た。
「料理屋・ジュラルミン」
仰々しい字で、大きくそう書いてあった。
看板の下には主人が出て来ていて、こちらをぽかんとして見つめている。
もう二度とこの店に来ることは無いだろう。
楽は前を向き、またスピードを上げた。
右に曲がり、左に曲がり、やっとの事で少し開けた場所に着いた。
「ここまで来れば、もう大丈夫ですね」
「ほんと、変な店に入っちゃった……ここってああいう店が多いのかな」
「さぁ、どうでしょう……」
「あっ、そういえば、楽ちゃんの言ってたエルファ君とヘスちゃんってどんな人達?」
「エルファさんとヘスティアさんですか? う〜ん、そうですねぇ……」
楽は二人の見た目の感じ、そして、別れたときの服装などをリーザに話した。
「ふ〜ん、そんな感じの人達なんだ……。
よし、それなら大丈夫そう。
私、自分で二人を捜してみる……おいで、シェプシ!」
シェプシがリーザの元に駆け寄った。
「私、一旦楽ちゃんとは別れて、一人で町を見て回る! 楽ちゃんだって、最初はこの町を目指していたんだから、やることがあるんでしょ?
それに、砂嵐で飛ばされたって言っても、人間、そんな遠くには飛ばないと思う。
だからきっとこの町にたどり着いてると思うよ……そんな気がするだけだけど。
私の予感って、結構当たるんだよ!」
リーザが、最後の方は励ますように、言った。
「そうですか……そうですね。
きっと二人はこの町にいる。拙者もそう思うようにします。
色々と、有り難うございました。
それでは……ここでお別れですね」
「うん」
そう元気に言うと、リーザはシェプシと共に駆け出した。
そして、しばらく走ったところでこちらを振り返り、槍をぶんぶん振り回した。
「きっとまた会えるよ! それじゃ、またね!」
「はい!」
楽も元気よく手を振って返した。
きっとリーザも闇市を回ってみるのだろう。
リーザがエルファとヘスティアに会えるかどうかは分からないが、二人を捜しているのなら、近い内にまた会えるような気がする。
……シェプシと共に走るリーザの後ろ姿は、とうとう見えなくなった。
今日は蒼月最後の日。
明日からは闇市が始まる。
見ると、まだ日は高い。
楽は今日一日を情報収集に費やすことにした。
まず訪れたのは小さな酒場だった。
先程の食事処とは違い、ここには数人の客が居た。
右奥のテーブルには大男二人がテーブルに金貨を積んで嬉しそうに笑いあっている。
そして左奥のテーブルには奇妙な取り合わせのパーティーがいた。
緑色の髪をした男が一人で喋り、向かいにいる二人がどうやら聞き手のようだ。
何故かテーブルには小さなドラゴンまでいる。
ドラゴンを実際にこの目で見るのは初めてだったので、なんとなくそちらに目がいってしまったのだ。
男の話を聞くその二人は、男女の組み合わせで、何となく奇妙な感じがした。
一人は不敵な笑みを浮かべながらグラスを傾け、話を聞いているのだか聞いていないのだかよく分からないような風である。
そしてもう一人の女性の方は、楽よりも若く見えるのだか、妙に落ち着いている。
どうやらこちらは緑の髪の男の話を聞いているらしい。
時々男の話に口をはさんでいるのが見えた。
表情がくるくる変わる緑の髪の男とは対照的に、向かいの二人はずっと表情が変わらない。
無表情ではないと思うのだが、なんとなく変な感じだ。
と、グラスを傾けていた男がこちらに気付いたようだ。
スッと立ち上がり、楽のいるテーブルにやってくる。
「おい、お前、俺達に何か用か?」
圧力的な声で、全身をマントに包んだその男は言った。
「いえ、用があるというわけではないのですが」
「それでは何故こちらを見る?」
間髪入れずに男はもう一度言った。
どうやら楽に見られているのが気に入らなかったらしい。
「ドラゴンが……拙者、ドラゴンを見るのが初めてなので、つい見とれてしまいました」
これは本当のことである。
「そうか、アレが気になるのか。それなら……」
そう言って男はまた左奥のテーブルに戻り、ドラゴンを乱暴に掴むとそのまま楽の元にやって来た。
緑の髪の男が何か言いたそうにマントの男を呼びつけたが、
「こいつは借金のカタに差し押さえたんだ」
と、よく分からないことをマントの男が言うと、
そのままくやしそうに黙ってしまった。
そして、マントの男はまた乱暴に楽のテーブルにそのドラゴンを置く。
……置くという表現が正しいかどうか分からないが、そんな感じだった。
「お前はしばらくここにいろ」
そうマントの男はドラゴンに言って、元のテーブルに戻っていった。
しばらくの沈黙。
楽のテーブルにはいきなりドラゴンが置かれた。
……見ていたのは事実だが、どうしろというのだろう。
そう、楽があっけに取られていると、テーブルの上のドラゴンがこちらを向いた。
そして
「は、はぁ〜い?」
幾分バツが悪そうに、喋ったのだ。言葉を発した。
楽はまた黙り込む。
ドラゴンは喋る生き物だったのか……?
そんな疑問が脳裏に浮かんでくる。
楽の様子を察したのか、ドラゴンが説明するようにもう一度喋った。
「あっ、気にしないで。
これは夢よ〜夢よ〜、ドラゴンだって喋っちゃう夢の中なのよ〜」
なんだか暗示をかけるような言いようである。
……よく分からないが、そういうことにしておこう。
ドラゴンと喋れるなんて、そうある機会ではない。
そう思うと、この機会を大事にしたくなった。
心を決めて、テーブルのドラゴンに話しかけた。
「は、はじめまして。拙者、楽といいます」
「私はエンペランサ。よろしくね」
テンポのいい返しである。
やっぱりこのドラゴンは喋れるのだ。そして、こちらの言葉も分かる。
「あの人は、旅仲間ですか?」
楽は左奥のテーブルの奇妙なパーティー、特にマントの男について訊ねた。
「まぁ、そうね。
私はブレスくんと……あの緑の髪の子と旅してたんだけど、どうにもクロスドと……あのマントの人と離れられない理由ができちゃって」
なにやら、複雑で込み入った事情があるようだ。
このことについては喋りにくそうなので、楽は話を変えた。
「拙者も旅仲間がいたのですが、砂漠を歩いているときに砂嵐に襲われてバラバラになってしまいました」
もしかしたら……と思って、エルファとヘスティアのことを話題に出した。
「あら、それはお気の毒に。で、どんな人だったの? 旅仲間って」
「えっと、一人はヘスティアさん……銀の髪をした褐色の肌の女性です。
そして、もう一人はエルファさん。
歌が上手くて目が大きく、緑の帽子とマントを身につけています」
「ふぅん……。
? ……緑の帽子とマント?
もしかして、その人って小柄な子供じゃない?」
!!!
エルファさんだ!
「その子供……エルファさんを知っているんですか!?」
つい語気が上がる。
「えっと……知っているというか、何というか……ねぇ、ブレスくん、その子とこの前ぶつかったって言ってたよね?
ホラ、緑の帽子とマントの子」
エンペランサと名乗ったそのドラゴンは奥のテーブルにいる男に話しかけた。
ブレスくん、と呼ばれた男は急に話を振られて戸惑ったようだったが、
「ああ、ちょっと前にぶつかった」
と答え、また3人だけの話しに戻っていった。
エルファがこの町にいる!
「それで、エルファさんは今どこに?」
楽はもう待ちきれないといった風に立て続けに聞いた。
「え……それは分からないけど……」
ドラゴンが困ったように言う。
すると、左奥のテーブルから声がかかった。
「そいつならこの店をでて5番目の角を左に曲がった宿屋にいたぞ」
そう言ったのはクロスドと呼ばれたマントの男である。
早く行かなくては!
「あ、有り難うございます!」
楽はそう言うと、急いで店を飛び出した。
走りながら曲がり角を数える。
1……2……3……4……5!
左に向きを変える。
すると、目の前に一風変わった一軒の家が見えた。
ここだ!
入り口のドアに手をかける。
が、そこでドアにかけられた看板に気付いた。
「妖しもの屋・ドンゴ=ゴンド」
……妖しもの屋?
ここは宿屋ではないのか?
落ち着いて、もう一度マントの男のセリフを思い出す。
……5番目の角を左に曲がった宿屋に……
やっぱりここだ。
あの時、マントの男は口元に笑みをたたえながら確かに言った。
?
口元に笑み?
……!
だまされた!
楽は気付くのが遅かった。
慌てて酒場に戻ったが、左奥のテーブルはもぬけのからで、右奥のテーブルでは依然として大男が酒を飲んでいた。
せっかくの手がかりを逃してしまった……。
あれは夢だったのかな……あのドラゴンもそう言っていたし……
楽は肩を落としながら、またとぼとぼと歩き始めた。