ファンタジア

セザール5−2

 詳しくはわからないが、少なくとも五時間は経ったはずだ。
 しかし、状況に進展無し。
 俺は、読みかけだった本を読んでいた。
 ピラリ、ピラリと素っ気無くめくる。眠気が先ほどから、ちらほら姿を見せ始めている。少なくとも救援が来るまでは、と思いながらなんとか目を開けている。
 静かだった。夜もいよいよ深みに差し掛かり、全てを闇に閉ざさんという勢い。全て生き物が闇を恐れ、夢へと向かう時刻。いや、闇が恐ろしいだなんてのは、所詮はイキモノ
が作り出した幻想ってものか。
 トン…。
 本を閉じて、立ち上がる。眠気が抑えられない所まで来ている。外の風に当たりたかった。
 なんとなく音を立てるのを怖がって、静かーにフロントまでやってきた。月でも出ているのだろう。窓や入り口がいやに明るい。
 奴らは一体何をしているのだろうか。まさか、みんなおネンネ中なんてことは、無いは
ずだろうけど。
 多少は目が闇に馴れてきた。外を見る。向かいの家、右の通り、左の通り、どこを見ても、普通の夜の町だった。この、どうにもならない気配を除けばの話だが。
 これ以上この状態を続けていて良いものか。ストレシア軍はあの知らせをどの程度と見積もって、助けを寄越してくれるのか。この、ある種異常無しの状況に、どう対してくれるのか。それに、助けが届く前に『獲物』が届いてしまわないか。
 …心配の種はいくらでも有る。これ以上は、無意味か。時を待つのが一番だろう。
「ああ、眠い。俺も仮眠ぐらい摂るか」
 と、独り言。しかし、
「そうしてください」
 あまりに突然だったので、それに、ぼんやりしていたので、驚けなかった。いつの間にか、後ろにルンドが立っていた。鎧は着けていなかったが、剣を携えていた。
「…あ。…ルンド、か。起きたのか。すまないな。なんかあったら、構わないから叩き起こしてくれ」
 ルンドは頷いた。
「後は任せてください」
 そして、俺は歩き出した。
 その時だった。
 
“ ――――――――――――! ”

 まるで、魔法か何かの詠唱のように、頭の中に響いた。遠くから響いてきたようにも聞こ
えた。まったく知らない言葉。
「?」「えっ」
二人同時に振り返り、目が合った。
「…なんか言った?」「いえ…」
 次に二人は、同時に入り口を見た。そっちに歩く。外を見る。月輝ける夜、静かだった。
いや、静か過ぎる気がする。
「風が、無い。音も無い」
 ルンドがぽつりと言った。そして、外に出て行く。
「お、おい。外に出るな。何があるかわからんぞ」
「これ以上、眺めていても何もわかりません。そこで待っていてください」
 俺はちょっと苦い顔したが、このまま一人で行かせるのも気が引けた。
「ちょっと待て。俺も行こう」
 すたすた歩いて行くルンドに小走りで追いつく。
 俺たちは町のメインストリートまで来た。しかし、どこもここもその様だった。人の気
配が全く無くなっている。
「どういうこった。何が起きたんだ」
「何かの魔法? いや、けど、こんな事が出来る魔法なんて聞いたことが無い」
 まったく訳がわからないことが起こりすぎている。さっきまであんなに酷かった眠気も
どこかへ吹っ飛んでしまった。どうしてこんな―――
 ルンドがはたと止まった。考え事をしていた俺は、かろうじてルンドのその行動に気付き、彼を見た。
「? どうした。ルンド?」
 俺が話し掛けてもルンドは動かない。どこか一点を見つめている。俺はその方向を探し、見た。
 俺たちからだいぶ離れた場所に、何かが立っていた。砂色のローブのようなものを着て、
「お前は何者だ!」
 ルンドがいきなり、すごい声で怒鳴ったのでビビッた。
「お前も盗賊の一味か!」
 相手には聞こえているはずだが、答えない。
「……あなた達は、誰?」
「はっ!?」「!!」
 そいつの声は、俺たちの背中から聞こえてきた。そして、向こうに見えていたその姿は、消えていた。
「動かない、質問に答える。それ以外は、身を滅ぼすだけ」
 ルンドの手は腰の剣まで伸びていたが、そこで止まっていた。と言うか、動けないのだ。
「お、俺たちは、ただの旅人さ。ここの住人じゃ、ないけど。い、言っとくけど、盗賊とか、そっち系の旅人じゃあないぞ」
「…そう」
 プレッシャーが消えた。俺たちは振り返った。そいつは、そこにいた。
「ごめんなさいね。まだ動ける人がいるとは思わなかったから。きっと、あなた達だけよね」
 そいつは被っていたフードを取った。なんと、女だった。年の頃は、二十歳かそこらだろう。今、あんなことをやってのけたのは、こんな娘だったというのか。
「あ、あんた…」
「ちょっと待ってね」
 彼女はそういうと、一枚の紙切れを取り出した。何かの文字が書き込まれいるようだ。
それを頭の上に掲げると言った、というよりも、唱えた。

“ ――――! ”

 また、あの謎の言葉。そして次の瞬間、その紙切れは光に変わった。光はそのまま飛び上がり、空高く弾けた。
「おぉ?!」「うわっ」
 何があった? 魔法か?
「これで良いわ。じゃ、一緒に来て。あ、言い忘れてたかしら。私はストレシア騎士団、第三哨戒小隊のアリサ。サイトウ・アリサ隊員。日雇だけどね。今、合図したからもうすぐ本隊が来るわ。安心して、この町の人は眠ってるだけだから。って、今の状況把握してるかしら、あなた達」
 ずいぶんよく話す娘だ。
「…あ、では、知らせはちゃんと届いたってことですね」
 ルンドが言う。
「あ、あの鳥の像のこと? あなたのだったの。運が良かったわね。あれ、私が見つけたのよ。たぶん、竜巻か砂嵐に巻き込まれたのね。ぼろぼろにはなってたけど、手紙は無事
だったわ」
「そうですか。それは良かった」
「隊長が預かってたはずよ。あとで受け取って」
 そう言いながら、町の北門の方へ歩く。
「…な、なあ、あんた。教えてくれ。さっきのあれは何なんだ? 魔法か? それに、町の人を眠らせたみたいなこと言ってたけど、どういうことだ」
 俺は先を歩くアリサに追いつく。
「あら、あなた気がついた? もしかしてソーサラーか何か? 普通、ただの魔法か精霊術だろうって思うものなんだけど」
 アリサはちょっと驚いたような顔をする。
「いや、あれはどれとも違う。初めて見る種類だった」
「あれはね、…」
 門の辺りまで来たとき、アリサが止まった。俺たちも止まった。そのとき、
 ザザッ…
 何かが俺たちの横をとてつもない速さで駆け抜け、町に入っていった。
 あまりの一瞬の出来事で、何が起こったのかわからなかった。横を通り過ぎるまで、その存在にすら気が付かなかった。まるで、風だった。
「なんだ!? 今、何かが…」
 ルンドすら、反応しきれなかった様だ。
「本隊よ。あの人たちは町の人を見分けられるから任せておいて大丈夫」
 そう言うアリサの目の前には、似たような砂色のローブを被った奴がいた。フードを取る。そいつは初老の男だった。
「隊長、どうです? 嘘は無かったでしょう」
 アリサは隊長と呼んだ男に親しげに話し掛ける。
「ああ、見事なもんだ」
 そして、俺たちを見る。
「その方たちは?」
「ああ、私の術が効かなかった人達。お守りでも持ってたのかしら」
「そうか。じゃあ、彼らにも来てもらってくれ。一応、確認作業をする」
 そう言って町へ入って行く。
「さ、付いて来て、あなた達」
「あ、ああ…」「はい…」

彼らはかなり手馴れた様子で、ぐっすり眠りこけている盗賊どもを集めている。あんなに大量にいるのをどうするのかと見ていると、縄でぐるぐる播きしてから護送車に放り込んでいた。北にある砦に連絡が行っていて、すぐに引き取りに来るのだという。
 町の主要人物方々はみんな無事だった。どうすればここまで出来るのかというくらい熟
睡していた彼らを、アリサは居眠りしていた見張りを起こすぐらいの感じで起こてしまった。隊長はその彼らを連れて、集会所へ行った。
 その後、アリサとルンド俺の三人はというと、町の外に一旦出て、外壁沿いに歩いていた。
「なにッ!? じゃあ、その紙っ切れが魔法と同じ力を持つってのか!?」
「紙っ切れじゃなくて、ご・ふ! これでもね一応『秘術』って呼ばれてるんだから、馬鹿にしない!」
 ちょっと大げさに驚いてしまった俺に、彼女は頬を膨らませて言う。
「いや、なにも馬鹿になんか…」
 俺のいくつもの質問の、彼女の答えをまとめるとこうだ。彼女が紙に何かを書くと、それには魔法と同じ力を持つ。今使っているのは結界系の物で、この結界内の者をみんな眠らせてしまうのだと。
「あれですか? 次の御符は」
 ルンドが指差す、町の西側の壁。そこには細長い小さな紙が貼り付いていた。その紙が御符で、さっき回ってきた東側、南側にも貼ってあった。
「そう、あれ」
「ところで、御符に書いてあるのは一体なんですか。初めて見る模様なのですが」
 ルンドが聞く。
「よーく聞いてくれました! それを待ってたのよ。これは、専門的に『言霊』って言うんだけどね、ひとつの言語なの。これを文字に変換して紙に書くと、そこに魔力が生まれるの。その魔力はまた、音にした言霊で力を開放させるのよ。絵に変換できれば、いちいち開放させなくても効力が発揮されるんだけどね、私には出来ないのよね。すっごい難しくて」
 本当に良く話す娘だ。
「しかし、そんなにしなくてはならない作業があっては面倒でしょう」
「それはそうだけど、作り置き出来るし、複数立て続けに使えるし、魔力はいらないし。
良いこと尽くめ、ってほどじゃあないけど、結構便利よ。まあ、即時性には欠けるかしら」
 その会話に俺は手をあごに当てて考えていた。
「しかし、本当に聞いたことが無いんだよな。そんな術、一体どこで覚えた」
「師匠に教わった。テーヴァにいたんだけどね。私は今、武者修業中」
「テーヴァ? うーん、わからん」
 テーヴァといえば、一風変わった国だと聞いているけど、そんな術まであったとは知らなかった。
「まあ、知らなくても当然よ。なんたって『秘術』だもん」
 アリサが胸を張って言う。
「その、師匠って誰ですか。きっと、名のある人なのでしょう」
「え? あ、うーん。名のあるってもねえ。剣職人なんだけどね。有名といえば、確かに、評判は良かったわね」
「剣職人? テーヴァの…。もしかして、あの在村銘の剣を打つ?」
 ルンドが急に興味を示した。
「ああ。ええ、そう。その奥さん方、私の師匠。言霊を絵に変換できるたった一人の術者」
「へえー。そんなに凄いのか、その人?」
 俺は武器とか防具とかそういったことにはてんで疎い。
「知らないんですか? それはもう、伝説的名匠ですよ。この、クォートに勝る剣を打てるのはもう、この人だけでしょう。今は、行方不明だと聞いていますが」
「行方不明? ああ、そういえば、そんな話しも聞いたような」
「何を聞いているんですか」
 ルンドが呆れたように言う。
「そう、そうなの。ずっと前に、急に師匠と連絡が取れなくなったんです。まったく突然に。気になって、修行切り上げてラジアハンドの山奥から出てきたの。ちょっとお金が底ついちゃって、こんなアルバイトなんかしてるけどね。すぐに行こうと思っているんだけどね、結構面白いのよね。修行にもなるし、―――」
「へえ」「はあ」
 と、長話をしているうちに町の北門に戻ってきた。御符は全部で四枚有ったようだ。
「アリサ。こっちはあらかた終わったから、戻るぞ」
 そこにちょうど、隊長が七人の団員を連れてやって来た。
「はーい」
「あれ、もうしばらくここにいないのか?」
「あ、ええ。私たちの任務はパトロールだからね」
 ふむ、と残念がってうなっていると、
「あ、そこの二人」
 隊長がこっちを見て言った。
「砦からの遣いが来るまで部下が二人ついてはいるが、何か有ったらぜひ協力して欲しい。すぐに駐在部隊も寄越すから心配はないはずだがな」
「ああ」「はい」
 そうして、砂漠へと帰って行く彼らを見送った。
 振り返り町を見るとちょうど、目を覚ました町の人たちがぞくぞくと家から出てくるところだった。
 日がやっと顔を見せ始め、暑くなりそうな一日の始まる。

「…ところでセザールさん」「あ?」
「私たちにあの術が効かなかったのは、なぜです?」「あ。……さあ」

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