「もしかして、人捜ししてるのかい?
でもあいつらが来る前も来た後も、女のはどころかエルフでさえも最近はここでは見かけないねえ……」
先程から、頭の中の客人名簿をめくりながら出した女将さんの結論に、ルンドは心底ホッとした。
どうやらあの目撃情報は出任せだったようだ、だが、この街の風陰気はただ事ではない。
「女将さん、この街で一体何が起こっているのですか?」
女将さんが困り果てた様子で語り始めようとすると、その前に自分と一緒に身を隠していた茶色の髪の男が割って入った。
「いいよ女将さん、俺から話すよ。
女将さんも結構疲れてるみたいだからさ、休んでなよ」
そう言うとリュックの中を掻き回して薬草のような植物を取り出した。
「これを煎じて飲めば楽になるよ」
「さてと……」
女将さんが軽く男に礼を言って部屋から出ると、男はルンドの方に向き直ってまたリュックの中を掻き回し、さっきとは違う種類の薬草を取り出した。
「お次はあんたの番だ、傷口見せなよ」
言われた通りにやられた傷を見せると、慣れているようでアッという間に消毒とテーピングを済ませてしまった。
「そうそう、俺はセザールって言うんだ。
アルケミストで、今は流れの研究者をやってる。この街とは結構昔っからのつき合いでね、いつもは気さくな人ばっかりのいい街なんだけど、なんか今日久しぶりに来てみたら、今みたいになってたんだよ。
何でも、近いうちにここを通る大きな富豪のキャラバンか、盗賊達を恐れて、砂漠では比較的治安がいいこの街まで迂回しなくちゃいけないような、大した防御策もない輸送隊でも襲うつもりらしい。
こんな事は街の人も俺も初めてだから、皆困ってるんだ」
「そうでしたか、それは何とかしないといけませんね」
そう言って考え込んだルンドに、セザールが我慢しきれなくなった様に訊ねてきた。
恐らく永年掛けて培ってきた探求心に似たものがそうさせるのだろう。
「なあ……さっきのあれだけの盗賊どもを、どうやって相手したんだ?」
するとセザールの予想とは裏腹に、ルンドは苦笑を顔に浮かべながら躊躇いがちに、
「そのことは、実は覚えてないんです。猊下が殺されてしまったと勝手に早とちりしてしまって、逆上してしまい、気が付いたらああなっていました」
と言った。
セザールがさっきまでいた場所から遠ざかったのは、言うまでもない。
「砂漠の民に助けを呼んだらどうでしょう?
あの部隊は今までに挙げた実績もさることながら、こういう事態にも迅速に対応出来る能力も兼ね備えていると聞きます」
そう言ったのはルンド、
以前ラジアハンドの士官学校で、砂漠の民つまりストレシア騎士団の話を聞いたのを思い出したらしい。
「良い案だけど、実行は無理じゃないか?
今だって外を盗賊どもが沢山彷徨いてるし、さっきの事で彼奴らも躍起になってる。
それとも何か良い外部への連絡方法があるのかい?」
するとルンドは、よくこれで砂漠を渡って来れたなとセザールが思うくらいの荷物の量の中から、青銅の鷹程の大きさの鳥の像を取り出した。
何をするのかとセザールが不思議に思っていると、ルンドはその像に手を乗せて一言、解除の呪文のような言葉を呟いた。
これは我々ラジアハンドの伝達方法の一つで、長距離の伝達の場合はこの鳥が一番役に立つんです、持ち運びも本物と違って簡単ですから、とルンドは説明した。
少しすると淡い光を放っていた青銅の鳥が、本物の鳥へと姿を変えた。
必要最低限の文書を手早く書いてその鳥の足首に素早く結び付けると、「ストレシア騎士団」とはっきり鳥に言い聞かせるように言って窓から今にも沈みそうな赤く燃える夕日へと飛び立たせた。
「これでいい。後は騎士団からの返答を待つだけです。
あれが帰ってくるのは早くても5、6時間掛かりそうですから、今の内に仮眠でもしておきましょう。
私はあそこの部屋をお借りする事にします、あ、そうそう、私が入ったら部屋には誰も入らないようにして下さいね。
私が寝惚け眼で起こしに来た人に刃を向けたら大変ですから……」
言うが早いかルンドは別の部屋へ仮眠をしに行ってしまった。
「あいつ、何でわざわざ……ここで寝りゃいいのに……」
不思議がっていたセザールも、忙しくなりそうなこれからの為に早めに寝ることにした。
そしてその日の夜は更けていった……。