アディンバルへの道中はそれから何事も無く、リョウルクは只キセルをふかし山犬の皮の状態を気にかけ岩と野草だけの風景を楽しんだ。
何事も無かった。
それは良い事だ。善哉である。
しかし本当に何事も無かった。
街道には人の影一つ無く、勝虫が大量に飛び鴉が群を作って空を舞う。それら以外の姿も物音もリョウルクの鋭敏な感覚には入ってこなかった。
――そこまで鈍ったかぁ?
生物の気配が感じ取れない。
奇怪である。
常なる時にこのような事態があろうか。テーヴァは確かに岩と石と山の国だが人口が少ないわけではない。行商は自国他国問わず常に行き来しており現に街でも三日と置かず新たな顔が現れていた。奇妙な鎧兜姿の異国人も白々とした翼を持つ僧侶も童の身体の老賢者も現われは消えた。
旅人が絶えた事は、ない。
街は最南。道は一本。
リョウルクは訝しんだが思いつつ歩んだ。
アディンバルという街は城下町である。そしてその城をディンバル城という。ア、というのはテーヴァ鎖国時の頃の古語で大意は「集まるところ」、となる。つまりは、アディンバルという単語のみで「街」の意味もあるという事なのだ。
この都は武芸者の集まる都として大陸中に知られている。古くはテーヴァの名将、凛碌昂(りんろく‐こう)や国家開国の徒、琉遁剄(りゅうとん‐けい)などの剣聖が出自しており、異国からはラジアハンドの剣豪、セフィーダやアスリースの大剣術師、テラ=ドラといった大陸を代表するような武芸者がここ、アディンバルで刀剣の指南を受けているのだ。剣で身を立てようと志す野心深き者達が集まるのは至極自然の成り行きであろう。
加えてもう一つアディンバルに武の道を目指す者が集まる理由があった。
やはり大陸名高い名刀剣鍛冶師、在村漸(ぜん)の存在である。