ファンタジア

リョウルク6

 戦い慣れているのには理由があった。
 リョウルクの両の親は共に優秀な狩人であった。藍鱗の父は身体の小さい弱体の者だったが、弓の扱いと脚だけは秀でた達人でもあった。さほど――テーヴァの大人衆にしては厳格でもない親ではあったが、それでも家業を長の男子に継がせようとは考えていたらしく、リョウルクは幼き時から度々猪狩りに連れられたものだった。 
 別に嫌いではなかった。
 猪狩りは性に合っていると感じていたし、最後の方は父の立てる気の利かない足音に苛ついたりもしていた。猪以外も弓で飛鳥を射落としたりもしていた。
 だが好きでもなかった。
 母は強かった。体格は父の遥か上をいくし、何より元傭兵という経験は雰囲気として父の草臥れた物と一線を画していた。父が逝った時も涙一つ見せず、リョウルクともども悲しげな雰囲気の無い葬儀に村人だけが戸惑った。村ではくだらない男衆を叩き潰し得る最強の女人衆として知られていたし、狩人としても父に敵わなかったのは弓と脚だけであった。
 しかし彼女はリョウルクには関心が無かった。
 武術の基礎を教えられたのは彼女からだ。幼き頃の記憶には確かにそうある。だが、気づいた時には母との会話は無かった。父と子と猟に出、もがく猪に止めを刺し、それを担いで帰路につき、捌く。豪快かつ豪放な猪料理を作っては村中の人間をかき集め、やはり豪快に馳走する。その時の彼女は楽しそうであったしよく話してもいた。他人と。
 母の事はよく分からなかった。何もかも無関心だったのだ。自分が都に出る、と宣した時も只首肯したのみだった。
 思えばリョウルクの無関心と恵まれた体格は母から受け継いだ物である。
 なぜ母は武術を仕込み、その後に関心を失ったのか。
 得心がいかぬことである。

 リョウルクは九頭目の山犬を貫き、ふとそんな事を思った。
 考えても仕様の無い、答えの見つからない事項だ。今までは疑問も抱かぬ「そういう物」だと思い込んでいた事でもある。どちらにせよ今解る事でもない。
 血に濡れ刃の欠けた長巻を地に突き立て、どぅと露出した石灰質の岩に腰ける。
鞘はいつの間にか離れた巨樹の元に転がっている。
 今は休みたかった。

 山犬と戦った事は幾度と無くある。だが一時に九頭とは多数過ぎた。山犬は多くても五頭くらいでしか徒党を組まぬものなのだ。少なくとも村の山ではそうだった。
 リョウルクは自分の狩人としての腕も鈍っている事を知った。気配の察知が衰えている。五頭目を斬り捨てた直後に回りこんだ六頭目に跳びかかられた。村にいる頃ならばそのような失態を演じる事は無く、刹那に返り討ちを果たしていた。それ以前に背後を取られるなど致命的な誤りはしなかったであろう。
 その時に負わされた右腕の傷に長衣を密着させる。血止めと包帯の役割である。
 キセルに葉を詰めふかす。安物の葉ではない。鎮痛効果のある自製の物だ。自分で造っているだけの事はあり、ひどく不味い。文句を誰に言えるものでもないが、唯一の趣味である葉造りは続けなくては、と決心する。
 痛みが薄れると余裕が出来たのであろう、長巻を取り眺める。
 生臭い臭気を放つ血を野草で拭き取るとぼろの刀身が出てきた。七頭(一頭は鞘、一頭は蹴撃)の山犬を斬り捨てた刃は芯はしっかりしてても、刃こぼれが深刻であった。視認出来ぬ細かなひびもある。とても自力で直せる物ではなく、都に着けば鍛冶師を探さなくてはいけないだろう。
 とりあえず鞘を拾い、短刀で山犬を捌き毛皮だけを取って脇の森に放った。その作業は慣れたものだったが、九頭は流石(さすが)に多く終わった時には既に夕刻になっていた。
 この季節、朝は冷えるが晩はそれ程でもない。
 リョウルクは長巻に皮を干し、都――城下町アディンバルへと歩き出した。
 ここから最も近い都であり、大陸で名の知れる刀剣鍛冶師、在村の住まうテーヴァの大都である。

 もちろん、深い考えは、無い。

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