ファンタジア

リョウルク49

 陰共衆。
 繋がれしもの。
 自我隠されし隷者。
 そのような呼称で知られる者達がいる。
 サラフィティス=ストラフティートの眼前に佇む黒衣の者の事だ。
 しかし、知られているのは一般に、ではない。ある程度の“力”を所持する――誰かにとって不都合になり得る者が畏怖と嫌悪を伴って記憶しているのだ。
 拭い切れない恐怖という墨で描かれて。
 一般の者達にとってはこう言った方が伝わり易い。
 即ち暗殺者。
――または忍者、と。

 サラフィティスは云う。
「強制観念、です。そんな邪術によって意識を殺された人が効率的に暗技を習得していきます。命令絶対。目的主義。結果優先。そんなものでしょう、君達の思考は」
 左の長刀を横薙ぎに振るう。
 陰共衆は動かない。
「色型の方々であっても強制観念は施されます。最低限の制約ではありますが、しかし、本来の彼らではないのです。あの黄や紅であっても、確実に精神を制限されている。『考えてはならない事』を考えないように改善されているのです。
  どういう事だかしっかりと考えなさい。
 母体主の思考ではなく、自らの立派な脳で」
 抱え直す。
 持ちにくい体だ。
「貴方方は『考えてはならない事』が多いだけで、色型の者とさしたる違いはないのです。制約が多いだけなのですよ。そうです、思念話によって操られる貴方がたは相対的な差などないのですよ」
 笑う。
 それに込められる感情は――
「打ち破ってみなさいな、強制観念くらい。蒼も紅も難なく切り捨てましたよ。黄も緑(りょく)も紫(し)も既に自分そのものです。貴方方は? 貴方がた、蒼の陰共の者は他の陰共とは違うでしょう。知っているはずですよ。なんなら聞いている蒼に問うてご覧なさい。自我が無くてもそれくらいはしてみせるものです」
 自分で強化した受思念域が、疑う事を知らぬ陰共衆の迂闊な思念を根こそぎ捉える。
『大頭様』
 五秒。答えはない。
 聞こえていない事は無い。主従の思念を断つ事ができるのは死のみだ。主であっても思念を受ける義務がある。
『大頭様』
 感情の無い陰共衆に諦めは無い。
『大頭様』
『……何だ』
 一色ではあるが斑のある蒼の思念が届く。
『我と他の相違点の入力を』

『                    』

 サラフィティスは驚愕のあまり抱えていたものを取り落としてしまった。
 それは何だったのか。
 想像はたっぷり十秒かかってできた。
 怒号。
 咆哮。
 その類の質量を伴った大音声だ。              
 受思念域という魔術加工で作られた脳域が瞬間的に焼き切れるほどの強烈な思念。心持つ者や常人であればまとめて廃人化してしまうような咆声。
 それは続く。
『聴け、陰共よ。汝等は俺に合わせられた変異の陰共だ。特殊? それは何だ? 特別ということか? その答えを欲しているのか、

 陰共である汝等が。

 舌先に惑わされる事まかりならん。そやつは≪オルステッドの鬼人≫の陰共だ。繰り言で逃しては汝等の意味はない』
 思わず舌打ちする。
『ストラフティート。聴いているのだろう、聴け。貴様等は何を望んでいる』
 蒼は予想以上に強制観念を脱している。
 それが結論だ。
 かなり早い時期から自分の思考を取り戻していたのであろう。思考法が解かっている。その上、無機的な冷静さが有機的な冷厳さに昇華しているため……危険である。戦闘面だけでなく智謀面でも紅と同様に注意していなくてはならない。
 覚えておく。
『≪鬼退治≫……じゃないことだけは確かですかね? そのくらい考えてみなさいな。今の貴方ならその程度の推測くらいならついているでしょう。スペシャルヒントは≪デーレ=ドゥクスト≫。注意点は≪阻止すべきことなのか≫。――あ、後この人置いていきますから回収してくださいね。いや〜見た目以上に重たいから持ちにくくて。本当は連れて帰ろうと思ったんですが、どうせ情報も持ってないだろうし貴方がた相手に人質もナンセンスですから』
 身を屈める。
 疾駆のための予備動作。その際に抱えていたものを置く。
『追いかけさせないで下さいよ。今の陰共に私が討たれるとは思えませんでしょう?
 いい機会です。彼らにも強制観念を脱するきっかけくらいは与えたほうがよろしいかと』
 サラフィティスはその言葉を引き金にその場を去った。
……荷物のない疾駆は速い。

 

 青眼に構え、振る。
 刀を青眼に構え、振る。
 紅は刀を青眼に構え、振る。
 薄闇の『鍛場』で紅は刀を青眼に構え、振る。
 刀は得意武器ではない。不得手でもない。それを言うなら彼には得意な武具は無く、不得手な武具も無い。全てを使いこなし目標を達成する。それが彼らだ。
 薄く紅に染められた美しい刀は鋭く空を裂く。日頃使う無音の剣ではなく裂音の鳴る剣術。一刀抉流(いっとうかいりゅう)。性質を穿流と反にし、威力を同にする対の剣である。
 一刀にして断つ。二手目は無い。
 凄絶な覚悟の強いられる剣。後無き剣である。
 無論の事、紅はこの剣術を実戦で使う事はしない。殺すための『術』は幾らでもあるし、それをこれ以上無いというほど体得している。
 この剣術は彼個人の趣味である。
「……副領は里の支配を欲し――分をわきまえず、か……」
 左足で踏み込み逆袈裟に刀を振り上げる。意識して鋭さを作った動作は独りの『鍛場』に音を響かせる。
 裂音。そして震脚の凛音。
「……黄は里の運用に興味は無し……紫は何考えてるかも解かりませんし――暗躍しているようですけど……蒼は……考えるだけ無駄ですね」
 腕力で上方への力を捻じ伏せ下方に転じさせる。勢いを無視した攻撃は穿流に通じる。対の剣といわれる所以は無数の技の共通にもあるのだ。
 降下した刀は潰れた曲線を描き足元で止まる。
「……首領はいまだに『篭り』……黒(こく)は前任ほどの力もなし……緑は首領を知っていたようだが……そう思わせたいのかもしれない……」
 さらに進撃。右の脚を磨り出し極端な低姿勢で地を薙ぐ横殴りの剣。力を込めたその剣は、必要以上に音を鳴らし僅かに軌道を違えて残像が乱れる。
 らしくない。
「迷ってますかね……? 私が」
 紅は考え事をするときに武器を持つ。時には、であったが座して考えをまとめるよりも体を動かしている方が冴える事があるのだ。疾駆で遠出する事も多々あったが里を留守にするには現状が許してくれない。
 無心で刀を振るう。
 無心で、あるつもりなのだが。
「……立場、ですかね。それがはっきりしていない。副領の能天気な計画を歯牙にかけていないのは確かなのですが……デーレ=ドゥクストとザンクィトクス=オルステッド=シャープネス……それにサラフィティス=ストラフティートですか。彼らは何がしたくて私達に『あやつ』を放させたのか……」
 刀が己の心を映し出す。
 鋭さを保てない残像が映える前に崩れていく。
 迷いを断てない、思いの刀。
「迷い、ですか……いや、盲目ですね、見通せていない。だから蒼のように行動を起こせない。それに……この異変の原因を作り出してしまったのもの私だ……決断でしかないのであっても」
 刀が戸惑う。
 速度を失った刀身は曇り、『鍛場』の有り触れた刀となる。
「決断を、迷っているのか……私は? どの姿勢をとるのか、どの方法をとるのか、を。――どうなんでしょうか? 貴方の意見を聴きたいですね、『オルステッドの鬼人』君」
「いつから気づいてた……とか言うとわざとらしいかね? 紅殿」
 刀を下げる。長衣に左腕を入れて振り返り、見上げる。
 粗末な張りに座っている中背の男。角持つ持つ者。
 ザンクィトクス=オルステッド=シャープネス。
 蒼からの一方向思念で『抜け忍』と伝えられた者がそこにいた。
「私は独り言を口に出す者じゃありませんから。そのつもりで聴いてくれていたのでしょう? 答えを頂戴したいものです」
「それは嫌だなー。だってあんた俺らよりきっつくて効率的な事考えそうだし。自立心。そうゆうのかな?」
 ザンクィトクスは無反動で飛び降りた。
 左腕は動かさない。
「第一オレはあんたに助言する立場にいない。ただの抜け忍でしかないからな」
『鬼人』はこちらに歩を進める。
「貴方は組織を必要とはしないでしょう。個人で十分に生きられる。今までここに居たのも『彼の使い』程度の理由だったのでしょう? 『彼』が居なくなってしまったのなら貴方はここに居る理由は無かったはずです。が、何十年とここにいついていた」
 ザンクィトクスの反応は左眉の上昇。
 疑念?
 いや、それとは微小に違うか。
「あんたがやつのこと知ってるはずないだろ? 誰に聞いた?」
「私が知っているのは今話した事だけです。それくらいなら調べ上げてみせますよ。不肖、これでも間者です」
 紅は刀を上げる。刃をこちらに向けて波紋に触れる。
 他より僅かに濃い、紅の色。それは刀身が染められたものではない事を語っている。
「強制観念を脱してから疑問に思ったのは、まずそれです。何故、この里にはこのような……異術が伝わっているのか。魔術や神法といった大陸の術と大きく異なるテーヴァの術法が、人の思考までも操る事ができるのか、また人そのものを改善する事などできるのであろうか。明らかに凌駕した技術です。そう――貴方と同じくね」
 刀を床上の鞘に直し――
「あんたはどこまで知っているかまったくわかりゃしない言い方す――」
 居合。
 一刀にして断つ。一刀抉流の真なる技。
 逆袈裟に閃いた紅色の刀は鮮やかな残像を描いてザンクィトクスの左半身を捉(とら)える。
 剣筋に対し逆の方向に避けた彼は、しかしあまりの太刀筋の鋭さに避けきれない。
 左腕が舞った。
「この通りだ。貴方の……力というのは。私に勝てるものではありませんね」
 刀を戻す。骨を断裂した刀はいかに名刀と卓越した技術とはいえ、確実に刃毀れ(はこぼれ)する。紅色の刀は切っ先をいびつに歪ませていた。
 だが――
「……むー。オレもあんたに勝てる気しないんだが――負けはないにしても、な」
 隻腕となった男は自らの左腕を何食わぬ顔で拾い上げる。左肩の付け根に赤い色は無い。ただ滑らかな青い筋肉の断裂面と白々とした骨が見えているだけ。
 その面に切れた左腕を接着させる。
「着ける時の場所が大事なんだよなっと、……ずれてちゃまた取らなきゃならんからな。……あ、痛くないわけじゃ無いんだぜ? 神経閉じてなきゃオレ泣き叫んでるよ。一度興味本位でやったら気絶した。ありゃー痛い」
 力を込めて押し付ける。その後は長衣から何かも知れぬ布を取りだし幾重にも巻きつける。
「――興味本位ってのは命取りになりやすいよな。ここ来る前に足切られたことあって……失敗だったなー、胴も裂かれてたもんだからそっちの方優先にしてたんだな。痛覚が無いと傷を忘れちまって。あ、とか思って神経開けたら……思い出したくねぇな。七日間傷放っておくと肉体的にも精神的にもヤバいことなるから覚えてた方がいいぞー。――ヒント。白くてうにょうにょ」
「止めてください、喜んで思い出すのは。判ってます判ってますから想像させないでください」
 左腕を完全に固定。その後は癒着を待つのみ。
「で、

 貴方は貴方の秘密を知っているのですか?

 その力や『あやつ』のこと。『オルステッドの鬼人』の由来を」
 紅は鞘に収まらない刀を抜き身で携えて、問う。

「全てを解かっているのは貴方じゃないでしょう。デーレ=ドゥクスト。彼が思っているのか貴方に訊きたい」 

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