「全てを解かっているのは貴方じゃないでしょう。デーレ=ドゥクスト。彼が何を思っているのか貴方に訊きたい」
紅の真っ向からの問いかけ。
それに一瞬でも怯んだ時点でザンクィトクスは負けていた。
「……答えると思ってるのかい?」
左眉を上げる。おどけた表情。
「答えなければ私は動けませんね。貴方がたの秘密も『彼』の事も。解明は遥かに遅延する事でしょう、あるいは……解明しない、か」
紅という号を持つ間者は微笑う。微笑って言う。「驕りでも自信でもありません。事実です。私は貴方以上に貴方の事を知っている。間者ですから。情報は力となるのですよ」
「……………………。実感してる」
左手を微動。反応は遅く、だが動く。切断面がこれ以上無いほど滑らかだったから、か。……滑らかにしてくれたから。
決断。
「おう。答えよう。俺っちは自分のことはほとんど知らん。今の状態ではあまり知りたいとも思っていない。『オルステッドの鬼人』は大体の予想はつくが――それの後のこと考えると大したことでもない。ま、知りたくなったら聴きに来るさ。――んじゃ俺っちはこれで♪」
右手を挙げて出口側の左足に瞬発力をためる……と、
「私の知りたい事を答えてませんよ。『鬼人』君」
紅から視線を外して振り返ると目の前に紅がいた。
回れ右。
「答えたくなりましたか?」
視線の真中。そこから美丈夫が外れない。
「く……すわ双子か……!?」
「違います違います違います違います」
「四回!? そうか、四つ子か……」
笑う。
美丈夫が笑う。
……怪しげに。
「私が得意なのは情報戦だけではありませんよ。――そうですね……情報を確実に得る技術。それが我々にとって有意義なものだとは知っているでしょう?」
今まで判らなかったのはしっかりと見る時間と余裕が無かったからだろう。
それに気付いたのは当然と言うべきか、ディレクセェン=瀞であった。
剛細剣で“山犬”を斬り捌き獣人の背後を確保する彼女は叫んだ。
「こいつら……!? よく見な、デカいの二人! ようやく解かったさね!」
実直そのものの剣技。その確実な軍人気質な技で、確実に敵を仕留め、確実に破壊された“山犬”を見る。新たな“山犬”を斬りながら。
余裕の無さからくる焦燥。
急ぎの精神がもたらす油断。
それはいつの時代においても戦者達の大敵である。
「こいつを!」
仕留められた“山犬”が――頭部を割られた獣が蠢く。既に身体内で凝固した血液を零しながら、その切り開かれた傷が微動する。
そこから……そこから!
新たな“山犬”が産まれる。
なぜ気付かなかったか?
そんな事は明快だ。初めに『傀儡』の禁術で操られていると判断できれば、後に考えるのはその対処法だ。『傀儡』と断定はしなかったが、不死者と判断し、その一度死んだ屍骸を完全に破壊すれば――二度殺せると思っていた。
破壊した“山犬”が新たな“山犬”を生み出している事に気付けたのは、武僧の神法のためである。神力を伴わせた体撃で破壊された“山犬”は瞬時に土へと帰する。湿った白い土となってその場に溜まるのだ。
浄化。
その力が神力にあるのだ。
神力にしかないのだ。
「減りやしない。当たり前だった」
奇形の槍で敵をひき潰すリズマンとて実質的な破壊力は無に等しい。時間を稼ぐ事と、訳の判らんおしゃべりな獣人を運ぶ事でしか意味がないのだ。
それは瀞も同じ事。運ぶ物がない分余裕はあるが……。
――役立たず……か。
自嘲する。
そして気付く。
自分は何だ?
自分は悟った、ついさっき悟れたのではないか?
役割を。
指揮。
「…………!」
しかし逡巡。
いいのか。自分が槍の力を報せて。
慟や漸達に自分から伝える事ができるのか?
『あいつの力を使った』と!
「撥っ」
その声で正気に戻る。
獣人。昌。
彼が掌底で“山犬”を還す。その声だ。
「撥っ」
獣人としては甲高い重みのない声が鋭く鳴る。迷い無く力を扱える昌は強い。おそらくあのテラ=ドラであっても地形を選び間違えたら危ういであろう。それだけの尋常では無い膂力と、気の遠くなるほどの鍛錬時間が彼にはある。無論の事、基本である真面目過ぎる気性も。
気性だ。
そう、気性の性質なのだ。
戦う技能に級をつけるなど馬鹿な趣味は無いが、明らかに自分の戦闘術は昌にもリョウルクにも絣にもタントルにも――そしておそらくはサラフィティスにも劣っている。遊戯盤の上での数値化された能力であれば、自分のそれは誰よりも低いに違いない。
いや、低く、突出したものが無いに違いない。
理由には何てことは無い、自分が、ディレクセェン=瀞が人間だからだ。さりとて特徴も無い人間だからだ。
ラージバルで最も有り触れた知的生物、人間だからだ。
自分は気性の性質だけで皆を指揮していたのか。
目に見える能力が無い自分が?
押し付けては無かったか?
動く事を避けては無かったか?
理由をつけて使役してはいなかったか?
本当に機にあった指揮ができていたか?
できていたか?
気性でさえも、精神的な強さでさえも自分は皆に劣ってはいないか!?
「…………!」
その音は色付いていた。
白銀に淡く塗られた鳴音が“山犬”を柔らかに打ち据えた。
……そして荒れる彼女の突出した気性を包み込んだ。
“山犬”が白い土に帰する。それから出ずる黒い瘴気が白き音に吸い込まれる。
その術法を唱えた者はこう言った。
「これ……持ってくれたら非常で嬉しいです」
失われた術法、言霊。
【白聖音(びゃくせいいん)】。
その言の葉は負を音で緩和する。
負の魔術であっても、負の感情であっても。
その術法を行使した絣(かすり)が片手で差し出したのは、宙に浮かぶ何やら蚕のようにしっかりと布に包まれた人間大の塊。
そして符を貼られた二対の太刀だった。