ファンタジア

リョウルク46

 微かに見えたのが獣毛だったから。
 それが判断の理由。“山犬”の荒れた灰の毛ではなかった、もっと暗い、深い色。
 気づく。
 昌は袈裟と長衣で獣毛は見えない。
 ――誰……!
 と、問う前にリョウルクにはすべき事があったし、それが解かってもいた。構えたままの奇形槍を振るい側らに忍び寄る“山犬”を葬る。実戦に慣れ――それが危険な事だという事は意識している――力を使う戸惑いが抜けた一撃は獲物を敵としない。それに敵が分散していた。
「ふむ」 
 獣人。
 ようやくながらリョウルクは、その人物が軽々と大剣を閃かせる獣人だと判った。

 

 索敵。
 発見。疾駆けを行使。眼下の木々に紛れた下生えを目標として飛剣を六撃。“撃たれた”飛剣は複雑な軌道を描いて音無く、多角に高草を伐採する。
 蒼は眼前に迫った叢(くさむら)に確かな手応えを感じる。それから判断。
 いない。
 手応えは人のものではない。これは――
「副作用体……か、ストラフティート……記録しておくぞ。『オルステッドの鬼人』め」
 叢の中には“山犬”が四散していた。
 血を流さずに。

 

 剣の速度は速い方がいい。
 もちろんの事、一概にそう言えた物ではないが大抵の剣士であれば自分の剣の動きに目がついていかない、ということはあるまい。素振りの段階で自然と目は慣れていくものだ。でなければ素振りの意義が半減してしまう。
 自分の剣が見えるのは自らが振るっているからである。相手の剣を見る難解さは、その比ではない。
 目を瞑らない事。
 師は回避の“こつ”をそう語った。よく見ろ、と。

 見えない。

 他人の剣捌きという事を考慮しても尚、速い。残像が“面”となって可視ができ、その面に触れた“山犬”が紙風船の様に爆ぜる。
 線ではなく面の攻撃。槍を身体の前で回す防御としての面は可能だが……攻撃での発想はリョウルクには無かった。可能とは思えなかったのだ。
 持久力のある獣人ならではの業か。
「考えたまえ」
 獣人はそう言った。ことなげに。瞬発力の世界で。
 ――何をだ。
 反射的にそう思う。
「一連のこと、解からぬ仕組み、どれでもいい。考えることから何かが解かる。“全てが解からない”ということは無い。私も考えたいところなのだが……いかんせん事情を知らなすぎる。ここは“私たち”で充分だ」
 言った。言ってみせた! 残像を伴う剣速の最中で! 少しの吐息さえ漏らさずに!
 それが事実として“山犬”を撃退し続けている。
 まるで――見たことは無いが――絶対不可侵の結界に“山犬”達自らが飛び込んで行っているかのように!
「そう言い忘れていたな。私はクーバー=コントレルホ。時に名も知らぬ奇怪な槍使い君……口の減らない欲張り君を見なかったかね? いや、彼には私の相棒を着けていたのだが……彼はせっかちでね」
 知っている。あの二刀流の少年。でも見失った。だから、
「知らない」
「そうか、それは残念だな……いやいや君を見捨てるつもりは無いよ、安心したまえ。全ての人々に考える時間を、だ。だが、できるならお早めにお願いしたい。この技は……少々ばかり問題があってね」
 印象修正。おしゃべり。
「そう、急ぐことは弊害を生みやすいことくらい私も理解しているつもりだよ。だがね、名も知らぬ奇怪な槍使い君――いやいやこれは『奇怪な、槍使い』君ではなく『奇怪な槍、使い』君だということを念頭に――で、だ急ぎすぎても困ることはあるがね、ン、難しいとこなんだよここは。大事なのは臨機応変であって猪突猛進ではないことだと思うんだが……そう、慌てず急ごう」
 無視。初めに言われた通りに思考に入る。

 まずは事象の整理だ―― 

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