食料の補給は好きなだけ出来た。旅食店も八百屋も全ての商品がそのまま残っていたのだ。何の住人も、動物も何もいないこの町で消費される食料など、無い。腐りも痛みもせずに、あたかも人が毎日掃除整理しているかのように整然と並んでいる旅食は薄気味悪さと事態の異常性を兼ね備えていた。
「ここ最近ってことだよな。人がいなくなったのは」とは食料調達のリョウルクに同道したタントルの言である。
二人が陣である町の端の酒宿に大量の保存食――リズマンと獣人は大食漢である――を持ち帰ると、酒所には真っ赤に潰れたエルフと飲みつづける有翼人が空き瓶に埋もれていたが、まぁ良い。奥の食台の上に乗って瞑想する獣人の隣に座っているハーフエルフは――これが問題――大量の矢と太矢、それに短冊のような紙製の札を床に並べていた。
全体で見ると不思議な光景であった。
「何やってんだ?」
タントルが早々と瀞の方まで行っている。
「考えたが考えるまでもなくそれでも考えにゃいかんと思った。で、考えたという訳なんさね」
「すがすがしくわけわからん」
「む、まぁわたしゃ考えてみたわけなんさね。これが聞いてくれるかい? なぁんにも判ってない敵さんに対抗する方法だよ? どんなんがあるってんだい? 言っとくがねぇ、わたしゃ猪突猛進なんてやりゃしないよ? 力に力で対抗するのは趣味じゃないってんだい」
瀞は勢い良く喋り始めた。何か、おかしい。
「言ってみりゃああれさね、あぁ何だったかね? あぁあれだクラリアットの闘技会で相手が何してくんのかわからない状況に似てるかね? 力? 技? 速さ? 全部? 闘技じゃあり得ないけど魔術ってのもある。もっと突き詰めるとだねぇ、刀? 槍? 斧? 剣? 体術? 相手は何だい? 人間かい? エルフ? ドワーフ? 有翼人? 獣人? ハーフエルフ? フェアリー? いっろんな事が考えられるんよ。わかるかい? いぃやわかるまい。あんたねぇちっとは考えてみたりしないかい? 私の代わりに。そしたら楽だけど、わたしゃ考えてる時も好きだったりすんよねー。昔、うちの酒場の常連にね、すぅぐに酔っ払うドワーフがいたんだけど、その人えぇらい刀が上手でねぇ――」
「……酔ってる……」
瀞は瞑想している昌に語り始めた。昌も昌で瞑想中は人の話など耳には入らない。――そんのどぶドワーフ、酒には弱い髭(ひげ)は薄いひょろ長い体色の薄い肌ってんでお前はエルフか、ってからかってたんだけどね、どうにも共通語におかしな訛りがあるもんでどこの故郷か訊いたら――
「ほっとこうぜ。それより――これだな」
タントルは床を指差した。一面の矢と太矢と札。静かに座して札を見る。リョウルクもそれに倣い(ならい)札を手に取った。奇妙な紋様が大書されている紙、古紙で札というよりもこれは――
「護符? あ、言霊ってやつか」
「そうだな。俺も見たのは初めてだが。はぁ全く解からん。読めるか?」
「テーヴァ人でも見た事ないな。すっごい古い書体……か? 自信ない。長い文じゃないと思う。一言二言だろう」
――あまり光にあたっったこと無いって言うんだよ。おかしいだろ? おかしいさ。知ってるかい? ドワーフってのは生まれつき黒いもんさ。それに彼らにゃ炭坑夫がいっっっぱいいる。だけど白いドワーフなんていやしない。ましてや酒に弱いドワーフなんてねぇ? 鱗のないリズマン、羽のない有翼人、耳の丸いエルフで、訳のわかるサラフィティスのようなもんさ。あり得ない! そうさね?――
「これが鬼と倒すための策というわけか? アローとクォレル。つーことは?」
「遠距離攻撃」
「確かにすべてに勝つ要素のあるものではあるな。あの変なドワーフのとこから持ってきたもんだろ? 何か細工されてないか? 中に炸薬とか」
「そんなことするのか……あの人は……」
「――大丈夫そうだな。ってかこれ良い素材だな。ただの鋼じゃないぜ。銀混ざってる。バランスも良いし、羽根も……良い。クォレルとしては最高だな。だが油断ならん」
「矢も同じく。重めだが威力重視って感じがする。飛ばすための物じゃなくて、倒すための物、か。狩るじゃなくて屠る、そんな風」
――そのドワーフはねぇ夜に出てくんだよ。夜にだよ!? 危ないだろ。死ぬだろ。レッドドラゴンフライってのは生物なら何でも食らうんだよ。リズマンの鱗も破る、群体としちゃかなりの部類に入る化生さね。でもねぇ、ドワーフは毎晩帰ってきた。何でだか誰もわからない。誰も知らない。誰も確かめられないんさ。理由訊いても教えてくれないし、何時の間にか誰も訊かなくなって誰もが当然の事だって思いだした――
「疲れてるみたいだな、姐さんは」
タントルは熱心に壁掛け時計に話し掛ける瀞を見て、そう呟いた。
「いつもは酔わないのか?」
「ドワーフもかくや、ってやつか? 実際あの武具屋のドワーフより強いし。ウェストルの酒場の生まれらしいぜ」
彼は大きめに訪ってある窓を仰ぎ見た。すでにその先は紅く染まっている。夕焼けだ。
――いつの日にかその人、来なくなったんだよね。あたしも子供の時だったんだけど、何気にいつもいる人がいない、ってのは寂しいと言うより不思議なもんだって思ったよ。変な人だったけどね。いつかは種明かししてくれるだろう、そんな事思ってた。よくわかんなかったさ。今でも探してる。あたしは。絶対に秘密を教わってやるって。蟲から街を救うんだって。そう思ってたんさね――
リョウルクもそれを見て立ち上がる。完全な闇に包まれないうちに灯りを点けなくてはならない。幸い燭台が至る所に常設されているから火を灯すだけでいい。いや、その前に異国風の火鉢――そう言うとタントルが悲しい顔をして「暖炉だ」と言った――に火を入れるべきか。
背嚢から火打石を取り出そうとすると、タントルがぼそりと言った……気がした。
『俺も考えないといかんな』
リョウルクには異国の言葉としかわからなかった。