気がつくと不思議な事に明るくなっていた。そして、これまた不思議な事に樽に寄りかかっていた。更に不思議な事にはその樽の中にタントルが寝ていたりもした。最後に不思議な事は瞑想の姿勢のまま熟睡している昌の膝の上にサラフィティスが寝ている事だったが、これはまぁどうでも良い。
瀞は鈍痛の激しい頭を抱えてとりあえず枕にしていた――何故だ――『じょっき』を持って、さまよい始めた。水はどこだ。
――酔い潰れるなんて、らしくないね全く。
何かに蹴躓く(けつまずく)。
尻尾。
リョウルクの大きな尾。それを踏みつけたようだ。唸り声一つしないので問題無し。水を求めてストレシアの旅人の様にゆらゆらと徘徊する。
発見。
外の小さな広場に簡素な井戸がある。
そこまでの障害。
そこら中に転がる硝子(ガラス)製の空き瓶(踏んだら転倒)。
整然と行く手を阻む食台(その影にも何かがあるようで侮れない)。
うつ伏せ直立不動で穏やかに眠る絣(踏んだら大変な事になりそう)。
散乱しまくる太矢と矢と護符(自分で並べていた気もする。酔うと何かを並べたくなる癖は健在)。
赤く茹で上がったエルフ(さっきは昌の上にいた気もする。曖昧な存在なので気にしない)。
寒村名物こけし(踏んだら転倒。何故あるかは考えない事にする)。
サラフィティス直筆サイン入り手記(いつも持ち歩いている物だ。恐ろし過ぎて見る気にはなれない。酔うと見せたがるのか? 気をつけなければ)。
サラフィティス特製直彫石人形(あまりに意味不明。手の平の大きさのおどろおどろしい姿勢の物。絶望的な何かに苦悶しまくるようなその表情は、立派に凶器。足蹴にでもすると間違いなく呪われる。最重要注意物体)。
……道程は遠い。
だが諦める訳にはいかないのだ。
瀞は一念発起の心情で栄光への第一歩を踏み出した。
むくりとリョウルクは起き上がった。尾に圧迫感を感じたのだが……犯人らしき人物は近くにはいない。感覚が酒で鈍っているらしい。
腹の上に陣取る空き瓶を除けてもう少し身を起こす。近くの樽は薄っすらと覚えている。浴びるような勢いで呑み出したタントルに、突如復活を果たしたサラフィティスが上納したものだ。どうにもあのエルフは酒が入ると腰が低くなるらしく、リョウルクは賄賂を贈られた記憶があった。それは――あった。長衣の懐に大切そうに保管されてある。毒々しい満面の笑みを貼り付けた顔の手彫り人形。素材は不明。背に、エルフの長老並に歳をとった蛇の大往生のような字体で『さらふぃてぃす』とある……らしい。ただでさえ苦手な共通語の読み書きに、解読の必要な字では太刀打ち出来ない。
ふと、盆踊り中に痙攣を起こしたリズマンのような仕草(見たのは父親の……)で出口に向かう瀞の姿が目に入った。何か床に落ちている物を神経質なまでに注意して跨いでいる。
そこまで確認すると意識が再び睡魔に襲撃された。
抵抗する気力は残っていない。
リョウルクは盛大に振動を立てて力尽き、熟睡の中に落ちていった。
――そのおかげで石人形が跳ねて、瀞の降ろされる脚の下に移動した事は、遥か太古からの決められた事象だったのだろう。
「ぎぃぃやぁぁぁぁあぁぁああぁああぁあぁぁぁぁぁあぁぁあああぁああぁぁ」
誰のどういう悲鳴だったかは記さないでおく。