ファンタジア

リョウルク32

 説明を引き継ぐのは瀞。姿勢良く皆の中央に立ち、通る声を張る。
「誰もいなくなった町に何で山賊やらが現れない? やっこさんらはいつも町を見張ってるもんさね。灯りが点いてない事くらいはすぐにわかる。何故かね? 易しいもんさ。いないからだ。気配すら感じやしない。いいかい? あたしゃずっと考えていたがね、鬼ってのは――食らってんじゃないかい?」
 タントルは露骨に顔をしかめた。
 彼だけではない。昌は深く瞑目し、絣は何を思うのか無表情で変わらない。サラフィティスはいつものごとく真面目な顔して酒類を物色している。
 リョウルクは食台に尾を乗せた。
 ――鬼は獣を、人を食らう。
 予想していなかった事ではない。野生の動物が根こそぎいなくなっている事は、取り戻しつつある猟師の感覚でわかっていた。動物は逃げたのか。それを考えてもどうしようもない事なのだ。逃げたか――すべてを食われた。その二つでしかなく、どちらでもそう変わるものではない。
 自分達は途方も無い物を相手にしようとしている。
 実感は無い。
 瀞は続ける。
「気分の良い話じゃないがね。今までに見つかった被害者――って言うのかね?――まぁとにかく、明らかな死体は一つ。凄腕の魔術師さね。その強い彼だけが殺されたってのは不自然な話じゃないかね? だったらこう考えられる。はい、タントル」
 サラフィティスから当然という顔でジールを受け取り、それでますます岩の顔のタントルを指す。
「――と、あ? なんというか――」
「はい駄目。次あんた」
「死体は残ることが出来た」
 安いガラス細工の碗のジールを、何故か得意満面のエルフに押し付けられ答える。まぁ、生来の大酒のみとしてドワーフに肩を並べるリズマンである。一息で異国の『じょっき』と呼ばれる器で呑み干す。バッカスの酒所の物と同じ味が喉を焼く。ロウコシは港町からの交易が盛んな町だ。否、町だった。
「ニュアンス……御免、わからんね。え、と、感覚的には正解。もう少し易しく言うと死に体にまで抵抗することが出来た、ってなるかね。他の者は――さね」
「調理済ってわけですね」
 不用意と言うしか他ならない発言をしたのは、もちろん次の酒を探すサラフィティスで、何故か彼は尖った耳を真っ赤に染めていた。
 ――弱いらしい。
「……まぁ、ね。で、だ。対策の取りようがない。これが重要な問題。後も残さない行儀良い鬼にどう戦いを挑む? どう勝つ? わかっていることが少なすぎるさね」
 わかっていることは敵が凄腕の魔術師――何が出来るかわからない異術師――を叩き潰すことが出来ること。食欲旺盛かもしれないこと。
 こちらに有利になりそうな情報は無い。当然である。見てもないのだから。見た瞬間に死んでいるのかもしれないのだから。
 ここに来て方針が途絶える。抜き差しならない状況である。猶予の程度さえも見当がつかない。
 これからどうするか。
 瀞はそう言っている。
 ……………………
 長い沈黙だったかリョウルクには判断出来なかった。ただその曖昧な時間の中で、絣が『じょっき』を掲げてサラフィティスにお代わりを要求していた事を覚えている。全くの無表情、素面で。
 はっきりと言ったのは、頼りになる彼女でも、走り抜ける彼でも、自分を持つ彼女でも、意味不定の彼でも、はたまた決めることのない自分でもなかった。

「行こう。山神様の下へ。少なすぎる情報でもある方が、良い。今やっていないと……後悔する」

 赤い顔のエルフが無節操に力強く肯いた。

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