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リョウルク31

 翌日――アディンバルを発って三日目。先を急ぐ一行は何ら障害も無い事でギィド峰までの行程を半ばほどまで踏破してみせた。実に一般の行商の二倍近い速さである。
 四日目になり昌とリョウルクの担ぐ食料が軽くなった頃にはギィド峰の麓(ふもと)――有名な一枚造りの岩像、森神の帝(もりかみのみかど)の下までにやってきていた。
 森神の帝とは草木樹林森に宿る全ての神の統率者の御名である。群神を奉るテーヴァでも森神の帝を頂として崇める者も多く、大陸規模でも自然崇拝者や苦行僧達に支持されている上位神でもある。
 その総本山とも言えるテーヴァ第三の霊峰、アウィルには帝を崇めるための完全木造の自然寺があるのだが、著名度から言えばギィド峰の一枚岩像の方が『御神のより代』として上なのであった。
「大きい……」
 初めて間近で見る一枚岩像の威容にリョウルクは言わずともがなな事を口にした。知らずして開いた口から落下するキセルを反射のみで受け止める。
「……それはそうだろう。岩国テーヴァ最大の一枚岩だからよ。人間規模の大小じゃ測りきれはしない」
 呆れて説明したのはタントル。四六時中不機嫌な者だと思っていたが、どうやらそれが地らしい。あるいはそういう顔をしているからかもしれない。
 視線を移すと昌は深く瞑目しており、絣は首を折れそうなくらい上に向けて見上げ、サラフィティスは虚空に向かって薀蓄(うんちく)を語っていた。
「――さ、行くよ。今日は一応宿に泊まれるからね。あたしゃ、さっさと腰を落ち着けたいよ」
 瀞は宣言して歩を向ける。
 町へと。

 

 人種の集合したものを町と呼ぶ条件に活気という物が加わるとすると、ここ――森神の帝の岩像のお膝元の宿場町、ロウコシははっきりと町ではないだろう。第一、町には人がいて宿があり酒所が騒いでいるのが常識ではないのか、と港町に長く居たリョウルクはぼんやりと考えた。
 ロウコシは岩像という名所に必然として発生した宿場町である。ここは森神の帝を拝みに来る巡礼者や旅人が集まり、あるいは彼らを狙い目とする商人達が宿や旅食店、果てに土産物屋などを作り、それが集まって大きくなっていった町であった。
 人が集まり、家屋が建ち、町が出来るのはいついかなる時代においても変わらないのです。
 サラフィティスがそんな類の事を延々と熱く語っているが――まぁどうでもいい。
 一行にとって重要なのは食料の補給、そして情報である。
 ロウコシは前述の通り、宿場町である。
 という事は旅人や商人の通り、集まる所である。普段ならば。
 現状のような異常時には、流石に商魂逞(たくま)しい彼らといえど観光地に来ることは無いのであろう。危険に飛び込む商人はまだまだという事であろうか。 
 はたまた、ただ辿りつけていないだけなのか。
 一行が沈黙して入った異国風の酒宿には誰も居なかった。

 

「逃げちまった後か――」
「馬鹿だね。来るやつがいないのに出るやつがいるもんかね」
 酒宿は外から見ても閑散としている。荒れ果てている、とは言い難いが埃が文字をかけるほどに積もってはいた。
「だがよ。ここに残ってても殺されちまうかもしれないんだぜ。危なくても生きる可能性に賭けても良いじゃねぇか」
 反論しているの対面台に飛び乗ったタントルである。見るのは初めてかもしれないが彼は動きが軽い。無骨な短躯に合っているようで不自然なものであった。
 リョウルクは観音扉の傍で、全体を見渡した。
 意外に綺麗なものである。そう何日も空けられてはいないだろう。
 これではまるで――
「だから馬鹿だって言ってるんだい。自分の視点で物事を判断せんことさね。残ってて何事もない可能性に賭ける人の方が多いだろうさ。あんたの言ってることは強者の判断さね。それに見てみんさい? ほら、こんなに高価な酒が残ってる。置いてくもんじゃないよ。呑めるんだし」
「大事、だな」
「――ほう? あんたの方が分かってる様だね。タントル、いや皆。リョウルクの聞きな。よっくね」
 期せずして全員の視線が自分に集まる。
 リョウルクは頭の突起を撫でつつ近くの食台に腰を下ろした。
 言う。

「荒らされてない。賊が消えてる。以上」

 タントルが呆けたような顔になった。

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