テーヴァ武府庁所属臨時編成衆第三特別任務隊は、第一特務隊の『攻』、第二特務隊の『援』を護る『防』の隊である。
構成種は人間、獣人、リズマン、ドワーフの防系鎧を纏(まと)った重装歩兵。いずれも全身鎧で固めた――それでも動きの鈍らぬ猛者達である。無残にも虐殺された槍術衆の仇討ちにかける政府庁の意気込みが目に見える編成と言えた。
敵は忍衆。
槍術衆だった物の中に潰れた証号が発見されたのだ。
テーヴァ代々の闇を知り、糧としてきた暗なる者ども。
宵に走り、晩に駆けた暗闘の繰り手達。
――過去の事だ。開国の後には国内で少なき領地などをめぐって戦うことなど無くなった。奴らの闘法など闇夜に乗じてこそのもの。隙無き我ら、『防』の強兵に通用するはずも無い。
第三特務隊副隊長『黒鎧の』督律−拷(とくりつ−ごう)はそう思う。事実として何度も彼の命を護りつづけた黒鎧は分厚く、堅い。暗殺者の細剣どころか、獣人の振るう戦槌までもを弾き返す剛鎧である。針のような剣などを恐れる必要など何処にあろうか。
それでも拷は国都アディンバルからの道中、夜には四交代制の見張りを常に置いた。
堅実。
それもまた彼の美徳であり誇りなのだ。
深夜の今も、拷はのうのうと熟睡する隊長堵空−廉(とくう−れん)を無視して自ら見張りに立っている。彼は隊の中で最も睡眠時間の少ない人物である。
「そこ! 火を不用意に揺らすな!」
抑え目の怒声が大気を震わす。拷は限界で怒鳴れない夜の腹を立てつつ、火を大きく振った見張りの元へと向かった。あそこはドワーフの元(がん)の担当だったはずだ。
「元」
名を呼び近づく。100人以上の大隊で全員の名を覚え、口にするというのは難しいことだが隊を動かす秘訣でもある。それならばやらねばなるまい。拷は飾り物の隊長とは違いそう考える。
足元が滑った(ぬめった)。
重い重装の具足が地を抉る。
「――!」
驚愕は一瞬。事態を読み取り自分にできる行動を取る。
「敵襲ー!!!!! 第三種兵装で火を灯(とも)せぃー!!!!!」
抑えなしの全力轟声。大気を叩きつけるような振動が第三特務隊の野宿に喝を入れる。厳しい隊の代表の元、連日訓練を欠かさなかった隊は見事に機能し出す。どこか呑気に拷はそれを喜んでいた。
浮かれたいる時ではない。自分の松明(たいまつ)で足元を照らすと案の定、大量の――、一人分ではない量の赤い液体が溜まっている。まだ熱い。賊は、卑劣な奴らはまだ近くにいる。拷は寝時も手放さぬ大剣を抜き払い周囲を油断無く見渡す――
「――ドワーフは索敵!!!! 夜目の利かぬものは火を焚け!! 複数で第一、第二隊に伝令!!!! 警戒を伝え!!!!」
意識とは別のところで命令を下す。長年の兵役で身につけた能力。指導者としての力量。それが拷には備わっている。
だが――
「無駄♪」
声がした。すぐ近くで声がした。耳元? まさか。自分の、警戒する――探している自分の耳元で探している人物が話し掛けるだと!?
問答は無用。意味など訊かずに大剣で辺り一体薙ぎ払う。
手応え無し――
「それも無駄♪」
無視。気合一閃、声を叩き斬る。
「あーら、当たらないね」
「峨ぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
吼える。隊全体に響き渡るように咽喉を鳴らし、剣を振る。
焦ってはいない。落ち着いている。相手がわからない以上、焦る事こそが大敵。焦っているように見せかけて奴の油断を誘う。どうせ、こちらには攻撃の仕様が無いのだ。『黒鎧の』拷は伊達酔狂の通り名ではない。
「無駄の理由その一♪ 伝令が通るわけ無いだろうが。情報の断裂は兵法に基本だぜ」
我武者羅(がむしゃら)に大剣を振り回す。膂力(りょりょく)のみで空を断する。
「無駄の理由その二♪ 明かりで見つかる忍ほど間抜けなもんは無いぜ。その程度の対策は立ててるって。俺一人だし」
振り回す。――何だと? 今こいつは何を言った? 自分一人だと? 一人で我らの、私の隊を襲っただと? 一人で私の部下を殺しただと!?
「貴様ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」
激昂する。焦りではない。後の事を考えずに全力以上の力を出すのだ。あちこちで欠陥の破れる感触があるが痛みなどは無い。感じていない。何も。
大剣が唸りをあげて嵐を巻き起こす。全ての技を込めた最強の太刀。触れただけでも人の身を粉とする無情の太刀。
「無駄の理由その三♪ 第一、第二隊はもう、無い」
拷には聞こえない。聞いていない。振るう太刀は腕からの血にまみれ、赤い雫をまいている。既に身体の中心線が崩れ、太刀筋自身がずれている。空回りだ。
「もったいない……とか言うと俺っちみたくねぇなぁ。エレガントにグラスなんかに注いであると――この国じゃ無理か」
黒鎧が朱に染まる。漆黒おも凌駕する鮮やか過ぎる血の色は夜闇にさえ、映えた。 動きが……止まる。
にわかに重みを増した大剣が、黒鎧が拷を地に吸い付ける。巨体がぬめる大地に膝つく。肉体を支えきれない。
湿った音を響かせ、拷が血だまりに倒れた。
「……後味のいいもんじゃないな」
その声の主が姿を見せる。
どういったからくりなのだろうか、彼は生き絶えた拷の下から染み出るように身を現したのだ。第三者がそれを見たとすると、精霊が現出したと思うに違いない。そんな幻想的とも取れる印象であった。
彼が身を起こす。
中肉中背、線の細い感は無いが引き締まって小柄に見える青年である。一目でテーヴァの物ではないと判る外套で全身をくるんでいるため、それ以上は見て取れない。鋭い、という表現が合う顔は力が有り余る少年にも、諦観する老人にも共通した表情が張り付いていた。
表面的な特徴は尖った耳が最たる物で、顔自体の印象は、『いたく哀しい』。それのみ。
人を食った口調とは裏腹に、重い内面を備えた人物という事がそこからは感じられた。それだけしか感じられなかった。
そんな彼が底光りする眼光を騒々しい宿舎に向けた。
「気が萎える、ってのが分かるねぇ。蒼の奴のも悪い選択じゃぁ、無い、か」
指向性松明の光が彼の額の『角』に反射した――