ファンタジア

リョウルク27

「どうです? いそうですか?」
 この男はいつも突然、声をかけてくる。気配の掴めない自分が未熟なのか、常として気配を消す奴が上手なのか。
 岩と草の間にそれとなくあつらえられた巣穴を確かめつつ、タントル=スカイは背後に現れたであろうサラフィティスを無視した。
 巣穴は大きさからして、角兎(つのうさぎ)の物。攻撃的な種の雑食動物だが、人を傷つける事はあっても殺す事まではできない。肉の味は鳥によく似ていてくせが無い、食用に適した種である。
「角兎はこの季節は巣穴にいることは滅多に無いですよ。秋季は冬ごもりのために、食料を貯めなきゃいけませんからね。昔長老が言ってましたよ。『角ある兎はせっかち者じゃー』って」
 やはり無視。
 巣穴に分厚い篭手ごと腕を入れ、探る。
 何にも行き当たらずに、土の感触だけがある。空だ。
「ね? そうでしょう。長老も正直者で。――正直な長老って珍しいですね、大体思わせぶりな事言ってれば務まりそうなもので」
 無視。
 穴から手を抜き、苛立ちながら次に向かう。
 エルフは当然のように着いてきた。
「うちの長老もねー、いーかげんなものでしてねー、って聞いてます?」
「聞いてねぇ」
 テーヴァ言語ではなく共通語で言い捨てる。
「うわー。完全否定ですか。師匠と似て厳しいですね。流石はタントル=スカイ殿です。うむ、納得」
 タントルは舌打ちして振り返った。
 軽薄な姿勢で天を仰ぐサラフィティスがそこにいる。闇の中でもくっきりと。
「……おまえ何しに来たんだ」
 刹那で直立不動になるエルフ。
「やぁ、聞いてくれましたね、タントル殿。え〜、それは雲行きの怪しいある日のことでした」
「あん?」
「私ことサラフィティス=ストラフティートは、大親友であるかの名匠在村漸との歴史的会談の後に、かねてからの親交厚い伝説級武具店主慟のもとに歩んでいたのです」 
「おいエルフ。気が触れたかって元からか?」
「彼のドワーフは若人嫌いで通っています。それはもうその話題で話していると唐突に飛び出し怒鳴りつけるくらいに、です。特に在村の『力』を求めてくる若人には狭量、とまで言えます。その日は、おや不思議、彼が若人と話しているじゃありませんか。それも在村漸宅に入り浸っているお方です。んー、彼が心変わりしたんでしょうか」
 タントルは腰の短刀を鞘ごと引き抜いてエルフに突きつけた。
「何が言いたい」
 今度はエルフが無視をする。
「慟という方はいつも何かを批判している方でして、一時それを批判したら――私の記憶によりますと、最低で十年はその批判対象を認めませんのです。ドワーフの典型であります頑固ですねー。あとなりますと、在村漸を訪ねる若人を十年間も批判したでしょうか? いえいえ、名匠在村は十年前は一介の流浪人です。時間的にも無理ですねー」
 短刀をさらに前へ出す。
「何が、言いたい」
「何事にも例外は付き物、です。あなたと慟が話していたところで、私が何かを思うほど不自然なことではありませんよ♪ ただ――」
 サラフィテスは言葉を切った。

「ただ、あなたはやけに山中の狩を知ってるようだなー、とか思いましてね。テーヴァに来たのはあの時――、一年も昔ではないのに、ね。ストレシアの山々にもテーヴァと同じような獲物がいるのでしょうな。かの暑き国でも」

 タントルは短刀を戻し、きびすを返した。
 思考の分からないエルフと問答していても埒(らち)があかない。
 それだけの事。
 それだけの――

©ファンタジア