道中は必然として誰とも逢わず、まみえない。
以前――たった四日前はうるさいほど飛んでいた鴉も、紅葉の山と同じく秋季の風物詩の勝虫(とんぼ)もそれこそ魔法のように消えている。
風も無い。
薄く曇った空は静止し、澱(よど)んだ生温かい空気が山間に溜まっている。
そういったまさしく逢魔が刻、一行は巨樹の下で夜を明かす。
「……この樹も、もう葉が散ってしまっている……」
昌は太い枝に天幕(テント)を吊るす太紐を結びながら呟いた。その際にかすかに当たっただけの小枝が力なく折れていく。
「急いだ方がいいかね?」
手慣れた――異常に手慣れた感のある手さばきで、保存用の山鹿の干し肉を炙っている瀞。しみ出る肉汁を糒(ほしいい−干した保存用の米)にたらしてもどしているさまは、はっきりと玄人のものである。その仕事の他にも皆に鋭く指示している。
「……焦っては駄目、だと思う。……急ぐ必要はあるけど……」
「だろうな。要は俺達が死ななければ良いのだろう? 事が大きくなれば侍衆が動いてくれる」
リョウルクは昌と天幕を張り終えると、火の傍に座った。
冷え込みが激しい。
秋季もまだ半ばだというのに、昼にまで涼感がしている。リズマンであるリョウルクには晩になると端所が鈍くなる感覚を味わっていた。
遮光板ごしに炎を見る。
「あたしにゃ、連中がすぐに重い腰を上げてくれるとは思えないね。足軽衆とかの方が期待できるが……とっちゃんの名前で流浪人募ったほうが幾らかマシだろうね。野外で――障害の中で戦るのに必要なのは、整然とした訓練じゃない。経験さ。あんたみたいにね」
こぼれた脂に火が爆ぜる。
「今の侍衆じゃ山中の索敵なんか出来やしないさ。――武の道は状況は選べるもんじゃないってのにね。……いや、絣の事言ってんじゃないよ! あんたは現にここにいるじゃないのさ」
リョウルクは遮光板を外して、顔に走る二つの突起を撫でた。昔からの癖だ。時あるごとにやってしまう。
白金の翼を持つ有翼人は、その翼で身を包み頷いた。
「分かってます。今の政府庁の実態くらい私でも知ってますわ。だから私はここにいるのですから」
その表情は周囲の薄暗さを考え見てもまだ暗い。
「……俺達でやるしかないと言うことか――『鬼』と山神の変異とを」
仕上げのため火をかき回し、炎を強くする。炙り肉の匂いが大樹下に広がった。完成である。
「――んー、あたしにゃその二つは関係あるように思えるんだけどね。大きな事が二つ重なってるってのは必然さ」
朝やかに山鹿の肉を切り分け、盆に乗せて配る瀞。
四人分である。
サラフィティスは無理やり警邏にまわされていて、タントルは食料の調達に行っている。夜の内に巣穴を見つけた方が、今は捕れ易いなのだそうだ。リョウルクは夜間は眼が見えないのでよく分からない。
「『鬼』がいるから山神が弱まった、と?」
肉に齧(かじ)りついて、訊く。リズマンには少ない量だが贅沢が言えるものでもない。
「逆かもしらんね。――とにかく、今は結論できる状態じゃないさ。『鬼』を倒してから考えれば良い。山神さんがいなくなった訳じゃないんだからさ」
瀞も品のある、とは言い難い仕草で食する。絣はその好対照で、昌は少しづつ摘んで食べていた。彼の獣人の流派は山神の一派で、食肉を禁じていない。聴いたところによると『山は人を生かし人は山を生かす』という流儀らしい。
「……でも弱くなってきている。……自然じゃない……よ」
「分かってるさ。放っておく事なんかしないさね。いざとなったらどんなツテでも使ってやるさ。――どんなね」
長剣を片時も離さぬ騎士は眼光を尖らせる。
「在村のとっちゃんも何も頑固なだけの朴念仁じゃないって訳さね。将達の中にもとっちゃんの目に適う高潔な人もいる。旅の間にも人脈作ってるし、世間を知ってるのさ、あの人は。意外にも」
「何か怖くなってきたぞ……」
リョウルクは二口目を齧った。なくなる。
「大丈夫です。あの方はそれを悪用するような愚劣な方ではございません。――本気にならない限りは」
絣の言葉が慰めになるはずもなかった。