テーヴァは太古から群神を崇め奉る国家である。
即ち、ラージバル他国における精霊信仰に類似したものではあるのだが、唯一にして最大の相違点がある。
規模。
古くから他国との交渉を抑えてきたテーヴァは独自の、隔絶されたある種異様な文化を育ててきた。そのため土着の信仰が強く現れており、唯一神という定義が薄弱で、それらが廃れて行くのは必然というものであった。やがては信仰が自然と統一されることとなる。
皆が同じ信仰。
みなが同じ価値観で神を考える。
何故か。
何故テーヴァには群神の信仰が生き残り、根付くこととなったのか。
理由がある。
「山神様の力が弱すぎる……あれでは召喚獣くらいしかないよ。……奇怪過ぎる」
神は存在し、力が見えた。
実際には超級上位精霊でしかないのであろう。だが居る事は確かであり、力も行使できた。
それがテーヴァの神、である。ありとあらゆる物に居る神、という事だ。
「――アタリさね、昌! 分かるかい? その『元』は」
「……あの山……あれが一番小さい。ギィド峰だよ。そこの……」
「それだけ分かってたら充分さね。今は進むよ! サラフ! いつまで死んでんだい。行くよ!」
「あの主は終わった」
蒼(そう)は突然そう言った。
「……どうしたんです? いきなりですよ」
「事実のみを俺は言う。紅(あけ)よ。貴様は此度の策に何を見るのだ」
真面目な、真摯な視線。この男の常なるものだ。
その重い視線を真っ向から受け止めて、紅は応える。
「私には何も見えませんね。主が堕ちて行く様は必然です」
間髪無く、
「ならば貴様は何をしている」
「……どうしたんです? 本当に」
「答えろ」
片眉を上げて、紅は額を掻(か)いた。
「貴方らしくはありましたね」
「答えろ」
また、掻く。
「答えますよ。私はただ忍の宿命に正直なだけです」
「そんな物に従う意味は無い」
また、掻く。
「過激ですね、何時に無く。実に貴方らしい。――いいですよ、答えます。私には強制観念があって宿命には逆らえないんです」
「今更貴様がそのような物に囚われている訳が無い」
また掻く。
「強制観念は忍にとって生命の上を行く物ですよ。それが無ければ生きていく事など出来る筈が無いでしょう? 貴方とて例外では無いですよ」
「――」
蒼は黙して鉢金を毟(むしり)り取った。床に落とされたそれは、湿った音を立てて――
潰される。
彼の証号は消された。
強制観念で禁止された行為――自らの証号の抹消。
掻く。わずかに額が破れた。
「……参りましたね」
「驚く事ではあるまい。貴様ならば」
掻く。指先が温かい液体を感じる。
「極めて貴方らしい。――何時でも真っ直ぐだ。不必要なまでに」
「それが俺だ。答えろ。主の――仮初めの主の元で戦い、何をする」
掻く。掌が熱い。
「……仮初めですか。――まぁ一応はそうでしょう。いいですよ」
左手を掲げる。
手甲の砕け露出したそこには、文字。
紅型−五百弐拾参−是。
血に濡れた右手を沿え――
抉(えぐ)る。
肉さえもわずかに剥ぎ取り、握り潰す。
両の手から黒ずんだ血が床に――赤く染まった床に同化する。
証号抹消。
「私はあの男ぐらいに囚われるつもりはありませんよ。――私が見るのは我らの在り方。その変革、とでもしときましょう。――今は」
紅は肉片を投げ捨てた。
それは刹那で床の一部となる。
同じ物達に埋もれて――