瀞は「いきなりアタリかい?」と首を鳴らした。
タントル=スカイは素人じみた動きで誰もいない周囲を警戒した。
サラフィティスは「をぉぉ」と大仰に驚いて見せた。
絣は白金色の翼を立てた。
リョウルクはよく分からず、とりあえず目の前に突き出された翼をかわした。
「山が乱れてる。静か過ぎる。なんだろう……何かが違う」
黒崎昌は呟き、立つ。
「何だろう……?」
獣人は両の目をつむり掌を合わせる。度の過ぎた巨体から後足で立ち上がった獅子のごとき迫力があるが、よくよく見ればその姿勢は高僧のとるそれであった。
即ち瞑想。
リョウルクには陽光の向きか、肩掛けの袈裟(けさ)が薄く発光している様にも見えた。
「昌は武僧ではあるんだけどね――」
圧倒されるリョウルクに瀞が説明する。
「巫女的資質って言ったら変だけどね。そういう資質があるらしいってさ。とっちゃんがそう言ってた。あたしゃそっち系はとんと知らんがね。まぁ……そんなもんさね」
「フェアリーマスター――こっちじゃ何て言うんだ? ……精霊使いか。その才能があるって話だったぜ、確か。御師さんはそんなのは全く無かったがな、奥方様が――姐さんよ、言っていいのか?」
タントルは瀞を見上げて言った。それほど身長差がある。
「いいさね。こいつは信用できる気がしてるよ」
「気って……いいけどよ、別に。在村の奥方様はコト、コトマ……え、と――」
「言霊使いですわ」
助言は絣のものであった。丁寧過ぎる古風な言葉使いは彼女が貴人の出である事を雄弁に語っている。
「それだっけな、コトダマ、言霊。うん、あれだ……」
タントルは腕組みししばし考えた。
「姐さん頼む」
「結局何も言ってないじゃないか。もっと勉めんさいな。――あたしはよく知らんのだがね、言霊ってのはテーヴァ古来の最秘奥の法(のり)と術(すべ)さね。
よく解かりはしないが――見たところ凄いもんさ。実際ね」
「それだけか?」
問うてみる。長身の騎士はおもむろに頷いた。短躯の侍も。
代わりなのかエルフ――サラフィティスという覚えにくい名の者が、似合ってない長衣をひるがえして言い出した。
「伝承によればラージバルにありとあらゆる術の内でも非常に特殊なものであり、発動に用いる媒体が音――声ではなく、文字という事がその最たる物です。もちろん他にも特殊だと言われる要因はあります。
まずは紀元。
誕生はゆうに一千年は昔の事という事が確認されており、その存在は文字の誕生から既に在ったと言われています。ある一説によるところですと、言霊という『力ある文字』が変化して、あるいは変化させて今の文字の基盤ができたのではないか、とまで言われてます。
しかしながら今では、その性質上秘奥という事もありまして存在自体が疑問視されることも多く、説そのものがあやふやでしかありません。まともに研究に取り組む者も年々減少し、昨今では一種の伝説扱いにまでなっています」
サラフィティスは歯切れよく語る。横では剃髪した獣人が瞑目している。
「威力は――伝承でしかありませんが――それはそれは凄まじい物だったらしく、大きな物――『紋』というらしいですが、それともなると山おも吹き飛ばす、と。小さな携帯できる『符』という物でも範囲的に強力な結界が張れたり、攻撃として使用しても――」
「む、そうさね。あれは岩くらいなら楽に砕けそうだったね。あんたえらい知ってんねぇ?」
「いえいえ私は貴人ですから、学は最低限の礼儀です。――そうですか。私は見たことありません。見せてもらえませんでした。彼も心が狭いもんでしてねぇ。ただ、はるか昔に私が親切心で砂賊の中に道案内してあげただけなのに、いまだに根に持ってるんですよ? 狭い心でしょう? だから刀匠に向いてるんですね。匠なんて人たちは大体が頑固♪」
エルフはそんな事をのたまって隣の『壁』に寄りかかった。そして何故かキセルをふかす真似。今しがた朗々と言霊について語った者とはとても思えない。このエルフの男にはそういう不安定な雰囲気がある。
「……今更あんたの人格にケチはつけないけどね。――と、話がそれてたね。昌の素質だったね。それは確か奥様方が言ってた『精霊を自然に感じる事』だったかね」
「ようすると何かが見えちゃう危ない人です」
ふざけているかどうかが曖昧なエルフは、キセルの真似の方の手で額に手をついて薄く笑った。『壁』に強くもたれ掛かる。
「……あ」
その声はサラフィティスの物だったか『壁』の物であったか。
『壁』――巨躯の獣人、昌が瞑想を解き身動ぎ(みじろぎ)すると、彼を支えにしていたエルフはやたらと軽薄な調子で倒れた。
放っておく。
「何が解かったんですの?」
絣が訊くと昌は両の眼を開いた。
「……自然が弱いと言うか精霊が少ない。……山神様の力が……弱すぎるよ」