ファンタジア

リョウルク23

 この季節テーヴァの霊峰達は口裏を合わせたかのように色気づく。
 山々は一斉にその肌を染め直し、灰色の異郷テーヴァにあるまじき華やかな色を撒き散らし、自らを避けて通る人間達にひけらかす。
 秋季の紅葉である。
 岩と山の国であるテーヴァはまた、旅慣れた者にならば緑と季の国だという事も知られている。
 春は新緑。青しき新芽が陽に光り――
 夏は深緑。深く茂りし緑青となり――
 秋は紅緑。色づきし紅の葉は美々しく咲き乱れ――
 冬は降緑。堕ちし葉が舞い踊る――
 変化に富んだ霊峰達。
 何時如何なる時代においても、彼らは人々を見守り、楽しませ、そして見下ろしてきた。
 何時如何なる時も。
 変わらずに。

 ――なるほど。これは良い。
『リズマン、ほれやる』
 そう、ドワーフに渡された物である。黒く色の付いた透明な板。簡単な滑り止めも付いている。
『遮光板だ。――なんやったかのぅ。サ、サ、サ某とか言う物だった。忘れたがの。光が抑えられる』
 それを眼に当てると――またぴったりだ――視界が黒く染まった。だが見えない訳ではない。逆だ。リズマンの視力には痛いほどだった陽の光が無くなる。見える。
『リズマンには良い物だろう? 夜ははずしたほうがええだろうがの』
 晩時並みの見え易さ、ともなろうか。光の弱い風景はくすんでいるが、鮮明だ。
『ありがと』
 ――ありがと。
 改めて礼を送る。
「ふぅぅぅん、あの名匠にも遂に第一子誕生かい。強くなるわね、あの親じゃ」
 今、一行は城下町アディンバルから港町バッカスにぬける街道を歩んでいる。ひどくゆっくりと。
 鬼退治。
 そんな曖昧な者相手に策も何も無かった。
 相手もわからない。
 何処(どこ)かもわからない。
 何かもわからない。
 そのような状態で何の対策を立てられようか。
 気を付けよ。それだけだ。
 ただ、行動の指針として一度時間をかけて港町まで行き、そこまでの道中で何事も無ければ引き返し――
 ――山狩りとなる。
「あの人は侍だったのか?」
 山狩りという本来ならば大人数でやるべき事を小人数でやるような事態になることは、在村漸は予想していた様であった。だから野生じみた動きをするリズマンを選んだのだ。猟師の腕を持つ事は分かっていたのであろうか、底の見えぬ名匠の目利きは。
「お前知らなかったのか? 在村漸と言えばアディンバルきっての侍だぜ? 刀匠の名の影だけどな」
 少なくとも漸は山に入ることや、そこで戦闘になる可能性は予見していたと見て良い。その証拠に一行の全員が侍衆などの『戦うための技術』を持った人員ではなく、『生きるために技術』を得ている強者達である。
 今、呆れたように発言したのはタントル=スカイ。名から見てもわかるように異国人でストレシア出身の流浪人である。単身でリョウルクの胸にもとどかぬ小男なのだが、筋肉の鎧に覆われておりいかにも武士、といった迫力を備えている。
 在村漸の押しかけ弟子のような者、と瀞は紹介した。簡単な生存術も心得た頼りになる男である。
「本人は刀のおかげって言ってるけどね。あたしはそりゃ自画自賛だって思うんだけどさ」
「彼の腕と刀。どっちもということでしょう」
 緑がかった黄金色の髪をしたエルフが言った。
 彼の名はサラフィティス=ストラフティート。
 長大な細剣と櫛(くし)のような短剣――エストックとソードブレイカーというらしい――を得物とする流浪騎士である。漸とは古い付き合いのようで、自らこの鬼退治に参加した年齢不詳の貴人、と自称している。かっちりとした大陸共用語を使う事から、何処かの騎士であったのではないか――という意見にはリョウルクは反対である。性格が軽すぎる。
 このように。
「私の方が強いですけどね」
「はいはい、と。昌(しょう)! 何やってんだい? 置いてくよ」
 最年長であろうサラフィティスがそんな者なので、一行の中心は何の談も無く自然に瀞となっていた。人を使うのが上手いというか、とにかくまとめる力がある。今も今とて街道の端にうずくまる巨躯の獣人に檄(げき)を飛ばしている。
「姐さん――」
 その剃髪(ていはつ)した獣人の男の名は、姓を黒崎(くろさき)、名を昌(しょう)という。その技能は――
「草がおかしい。成長の具合が……奇妙だ」
 薬師(くすし)、数多の草を見、調合し人々の病を打ち払う医の達人である。
 が。
 黒崎昌という獣人は大きい、と言うかいかつい。リョウルクが見上げなければならないほどであり、普通の生活をしていれば、まずここまで鍛えられないだろうと思われる筋骨隆々とした体躯をしている。
 生まれ持ったものに彼のもう一つの職、武僧――モンクという要素が加わって成された物である。氏を持つ事からも彼が体格にそぐう力量の持ち主だということも判る。
「なんさね? それにどんな意があるのさ?」
「森がおかしいという事ではありませんの?」
 口を挟んだのはリョウルクのすぐ後ろを歩く有翼人の女性だった。
 栢凪(かやなぎ)絣(かすり)。それが彼女の名だ。
 透けて見えるほどの白金色(しろがねいろ)をした大きな翼の割には身体自体が小さく、昌の半分くらいしか丈はないのではないか、と思わせる。ゆっくりとした良く言えば落ち着きのある動作の印象とは違い、何と現役の霊術衆の一員である。それでいてこの「政府庁にとってはただの旅」に参加しているのだから、動作ほど精神は落ち着いていない様である。
「森には一見して影響は無いんだけど……」
 昌はうずくまって同じ目線の、絣を見て話す。

「変なんだよ、何かが。あっちゃいけない事が、いてはいけない者が居る。……変なんだ」

 五人――瀞、タントル、サラフィティス、絣、そしてリョウルクは獣人の武僧の予見に五者五様の反応を示した。

©ファンタジア