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リョウルク18

 在村漸はまず リョウルクの長巻を手に取った。すらりと鞘を抜く。
「酷いな。何を斬った?」
 刃は欠け、全体にも歪みが出ている。直せる範囲なのだがそのままという訳には難い。
「山犬です。九頭ほど」
「ふむ? 無関係という訳でもなかったか? 何処を通ってここに来た?」
「南……ですけど?」
「あ? あんた南から来たのかい!?」
 勢い込んで尋ねてくる瀞に妙な予感を感じつつ答える。
「え、と。港の方から来たんだが……何?」
「街道は今使われていない」
 語り出したのは漸。
「十と九つの日くらい前にな、アスリースの魔術師――わかるか? 言霊使い――わからんか……? 不可思議な術を使う者のことだ。その魔術師がだな、ほぼ死に体で行商に運ばれてきた。そいつはアカデミー……そう情けない顔するな。寺子屋だ寺子屋。そこの僻地観察員だったらしい。――解るか? 職業的な旅人だ。二人一組でテーヴァの資料を作っていたらしい」
「へきち……」
「腕の立つの二人組だ。しかも魔術師。ソーサレスというのだがな。生半可な夜盗や獣なんぞ相手にならんだろう」
 瀞が溜め息をつく。
「あたしゃ見たがね。あの魔術師の傷は刀槍の類じゃなかったね。撲跡。――臓物まで通ってたよ。人にゃ防ぎようの無い傷さ」
「とんでもない力で殴られていた、という事だ。一撃で骨を砕き肉を潰すくらいの、な」
「それで、鬼と」
「そうだ。この街じゃ、商人の噂は重要な意味を持つ。危険は文字通り死活問題だからな。港から入ってくる人々がいなくなれば、街は死ぬ」
「達人の魔術師を殴り殺すような化生(けしょう)のいる街道なんて誰も通りはせんってことさね」
 リョウルクが港町からアディンバルまでかかった日数はちょうど十日であった。その九日前から街道は使われていない。即ち、リョウルクが出立してからは誰一人として街道を使っていないことになる。道中に人と出会わなかったのも道理である。
 幾つか疑問が浮かぶ。
「何故今頃になって、ですか?」
 十九日間も何故対策が成されなかったのか。
「御上(おかみ‐政府)は魔術師が気に食わなかったのだ」
 慟。
「観察員。そんな皮をかぶった『草の者』(忍者)ではないか。そう考えた。あの連中は。民の安全よりも国の安全、とな」
 ドワーフの声には強い憤りが含まれているように思えた。表面上は素っ気無く装ってはいても。
 納得する。
「それで」
「まだ奴らはそう思っているようだがな。在るわけの無い証拠を血眼になって探している。兎に角、侍衆も霊術衆も動きはしない。私達がどうにかするしかない状況だ」
 漸は長巻を収め、棚に置いた。
 リョウルクをまっすぐに見、言う。
「協力してくれるか?」
 余計な言葉は無かった。単刀直入、それだ。
 無論――

 
「はい」

 
 それが唯一の答え。

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