「理由はそこはかとなく察しはつく。が、だ。リズマンの戦者よ。衝動のみで戦う事は、私としては勧められんぞ」
鍛冶師は言った。
「殺傷の類が無かった事は賞賛に値する行為ではあるな。特にその鉾槍は業物だ。人の身くらいなら――楽だぞ」
慟と瀞が無責任に頷いているのが広い視界に映る。
「――で、慟よ。理由の他に説明が欲しいかな。私としては」
在村漸は自身の作の銘刀をドワーフに向ける。黒い断熱衣に包まれた細い腕が黒鞘と一体に見えた。
「わしとしてはリズマンの真意と言うか、主の刀に相応しき武士(もののふ)を探し出すと言うか、若人の性根を叩き直すと言うか――」
「いつも通りってね。何も考えずに『ゴワァァァ』ってやつさ。も少し考えんと」
「やはり、だな、慟。歳を考えろ。それと人様の迷惑」
刀で周囲を指し示す。失神した流浪人と腰を抜かした流浪人。それの他には空の屋台車が虚しく汁粉の湯気を上げているだけ。
「む」
リョウルクはただ茫然と在村漸を見下ろしていた。
在村漸。
城下町アディンバルにおいて最高の鍛冶師であり、またテーヴァ、ひいてはラージバル大陸でも比類無き刀鍛冶師であろう。彼が打つのは刃のみに限られ鎧兜は一切打たず、自分で会い認めた者にしか打たないことでも有名である。
実際に見た限りではありていに言って三十路過ぎの町人と言うか商人である。細身でなおかつ上背があるため印象は『細長い』。黒い断熱衣ととりあえずといった感じで身につけているだけの着流しの下には、とうてい筋肉という物があるとは思えない。それでいて先ほどの技や、わずかに垣間見れる立ち振る舞いが剣術の達人だという事を雄弁に語っている。
が。
何と言うかリョウルクには彼に隙が在るように見えた。
達人ではある。そうなのだが、それは昔取った杵柄のような――古くからついた習慣のような気がある。常日頃からその技術を使ってはいない。身体で覚えているが、隙を気にするほど険呑でもない。その程度であろうか。
気配を偽るほどの達人と言う可能性もあるが。
兎に角現役はとてつもない腕の持ち主だったのだろう。今でも充分、強い。
「――私は人と会うのが嫌いな訳ではないのだぞ? 慟。むしろ人好きだ。若人達の中にも眼を引くほどの者はいる。ただそれが少ないだけだ」
漸は銘刀を地に立てその柄の上に手を置いた。
柄が見えた。
掌の形に摩り減っている。彼専用の刀という訳か。
「むぅ。だがの、たいした腕も無い連中が主の刀目当てにこの街に来るのはだな」
「たいした腕の無い大物もいる」
「諦めなさいな。親父。とっちゃんに理屈で勝てるわけないさね」
「む……すまなんだ」
「よろしい」
在村漸は大きく首肯し、こちらを向いた。鉾槍を立てて応する。
「で、君は――?」
リョウルクは今更ながら、自分が彼等に何も話していない事を知った。
一同――漸、慟、瀞、そしてリョウルクは何故か慟の武具店【鬼殺】に集まっていた。
非常に、せまい。
慟はある訳のない指定席に座り、瀞は入り口のそばに立っている。漸は慣れた調子で光沢の無い棚に腰を落ち着けた。リョウルクはどうしたものかと悩みつつ、結局漸の正面に真紅の狸像を置いてその上にどかりと座した。狸はきしみ一つ上げなかった。
説明する。
「俺はリョウルク。旅人だ……です」
説明した。
「……それだけか……?」
考える。深く。
結論。
「それだけ、ですね。はい」
「呆れた……。それであんた何でこんな店入ったんだい?」
瀞の問いにリョウルクは即答した。
「人がいなそうだったからに決まってる」
「むぅ」
「で――あなた達は? 俺、何も分かってない気もするんだけど……ですけど」
何となく敬語を使う。慟や瀞はともかく、漸という大陸規模の著名人は敬うべき人物に思えたからだ。名にそぐう風格も備えている。
「それもそうだな。私は在村漸。一介の鍛冶師だ。そこのドワーフは慟。怪しい男だ。あっちの大女はディレクセェン=瀞。男前だ」
「むぅ」
「おい」
二人の非難を意に介せず漸は続けて言った。
「鬼退治をしないか? リョウルク」
この街の人間はすべからく唐突らしい。