ファンタジア

リョウルク13

 視界が開けたのは印象以上に上背のある瀞が動いたからであろう。巨大な刃に半分切り取られた外の世界が、リズマンの弱い視覚に眩(まぶし)しかった。
「むぅ。客ではないか。しかもリズマン。――見おったか。ちゃんと解るもんには解るのだよ、この店の素晴らしさが」
 刃が動いた。店に入ってくる。逆光の中で見えたのは刃の柄であった。槍、長槍くらいの柄で刃が硬くとめられている。鉾槍と言えない事も無いだろうが純粋な突の部分が無い。さしずめ獣人用の戦斧(せんぶ)といった所か。
「……解ってないだろうさ、どうせ。たまたま入りこんでしまった流浪人でしょ」
 リョウルクはとりあえずやたら重たい軍旗を押しのけ立ち上がった。何か今日という日は圧し掛かられてばかりの気がする。
 意外にも戦斧の持ち主は視線の下部にいた。
 ドワーフ。
 力強き長寿の小人である。

 そのドワーフは慟と名乗った。いわくアディンバル一の武具通だと。戦斧は何故か、そこに置くしか考えられない、戦斧に置くために空けておいた空間に収まった。
 崩落があって物の場所があらかた変わっているというのに、だ。
「主は……偉いの」
 慟は彼が座るしかないといった大きさの異国風椅子に腰掛け言った。その太い擦れた手にはリョウルクの長巻がある。
「今の時代、特に開国以来だな。テーヴァは一息に異国賛歌が広まった。始めは変わり身によってしか自分を売り出せない小人の大人衆だ。次はそれらを参考にする男衆。若人達。女人衆。そして侍衆。皆が異国の着物を着て異国の飯を食い異国に繰り出していった」
「何……? ……どうしたんよ?」
 瀞が何故か疲れた風に問い掛ける。
「だぁとれ。……手のひらを返したように。それだな。テーヴァ人は皆テーヴァを否定していった。鎖国で止まった時間を取り戻す方法を誤ったんだ」
「…………」
 黙って聞く。
 実体験として歴史を聞くのはひどく有意義な事に思えた。
「テーヴァの空気が変わった。わしが会った老ドワーフはそんな事を言っておった。刀を捨てバスタードソードを持ち、鎧兜を脱いでフルプレートを着こむ。慣れぬグレートソードを引きずりフルフェイスのバイザーを上げたまま訓練する侍は見ていて悲しかった」
「……で? 結局は?」
「聞けい。いいか? その異国賛歌が終わった後はどうなったと思う? 人々は一度喜んで捨てたテーヴァに舞い戻り、外の世界を再び否定し始めた。いいか? わしが言いたいのは、流行(はや)りの意味だ。流行りに踊らされて自分たちを否定してどうする?」
 慟は静かにしかし、熱く問い掛けた。
「……どういう事さ?」
「それが主の偉い訳だ」
 目が合う。
 鋭い。生きている眼。
「長巻は一見して良い武具ではない。昔から槍より短く太刀より重いと言われた武器だ。少なくとも侍衆を目指す男衆が使う武器じゃ、無い」
 一息。
 眼は合ったまま。
 ドワーフは大きく息を吸った。そして――
「侍が、武の道を選びし戦者が、流行りで自らを決めて良いのか!? 皆と同じ武器、皆と同じ鎧、皆と同じ考え! 周囲に流される者が、武の道を生き残れると思うてか!?」
 慟は声を張り上げた。
 重い、多いに張りのある大音声(だいおんじょう)。
 店に響き、通りに響き、揺るがす。
 三度品々が崩落し、リョウルクの、そして瀞の視界は鎧武者や破壊槌に遮(さえぎ)
られた。 
 だが、もはや叫びと化した声は聞こえた。
「自らも知らん者どもが漸(ぜん)の刀など使えるものか!! 貴様らは群れか!? 一人としての考えは無いのか!!!」

「己が己でなくて良いのか!!!」

「唐突なんよ。あの親父は……」
 瀞の呟きが、何処かで聞こえた。

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