ファンタジア

ルンド20

「……仕方ない、レイチェル様が仰有った通りにクレオの試合を観戦しよう」
 彼、ルンドは指一本動かすことすらままならない自分の身体に嘆息すると何故か動かすことの出来た首から上をコロシアム中央に向けた。
 端から見るとかなり奇妙な姿になっているのにも関わらず、試合を観戦しようとしていると
 右後方から野太い男の声がした。
「ここ、空いてるか? 座ってもいいか?」
 試合上から視線を外してその声の方へ目をやる。
 そこにいたのは獣人の男だった。
 ゴストラまでとはいかないが、筋肉が体毛を通しても隆々としているのが見受けられた。
 しかし身体全体の質はゴストラよりも上のようだ、ゴストラにはあった幾つかの隙がこの獣人には見当たらなかった。
「ええ、構いません」
 辺りを見やるといつの間にか場内は人で一杯だった。
 やっとその獣人が見つけた席がここだったのだろう、ルンドは簡単な了承を口にすると試合会場の方に向き直った、試合が始まったからだ。

 ルンドが予想していたよりもクレオの上達ぶりは目覚ましく、武器を変えた時の技の違和感など微塵も感じさせない戦いぶりだった。
 最後の一刀で相手を頭から叩き伏せると周りからの歓声に左手を軽く振って答え、ゲートへ戻る途中にルンドにウインクしてその試合場から出たのだった。
「何だ、知り合いなのか?」
 試合場からウインクを送ったその相手を辿ってみると隣に座った奇妙な姿勢をする男だったので思わず訊いてしまった。
「はい、同じコロシアム出場者です」
「お前も出場者だったのか……」
 獣人が意外そうに呟いた。
 こんなに動きが固そうなのに、と、思っているようだ。

 パシュッ

 すると突然空気が抜けるような音がしてルンドが身体をぐいっと仰向けに伸ばして伸びをした。
 音に驚き獣人はルンドの方に目をやる。
「今の音は一体何だ?!」
「え? あ、私にかけられていた硬化の魔法の効果が切れた音です、驚かせてしまった様でしたら済みませんでした」
 そう言うルンドは先程のぎくしゃくした動きとはとはうって変わって普通の動きに戻っていた。
 魔法の効果だったのは本当らしい。
 獣人はこのおかしな男を訝り、名前を聞いた。
「お前、名前は何というんだ」
 すると獣人は見間違えか男が一瞬言うのをためらった様に見えた。
「名前は……ルンドです」
 獣人が自分の名前を聞いて何をしようとするのかは分かっていたのだが、敢えて『名前』という質問に重きを置いてルンドは返答した。
 その名前を受けて出場表を調べる獣人。
 暫くして獣人がやはりもう一度問うことになった。
「無いぞ、そんな名前」
「当り前よ、そいつの本当の名前は『小鳥ちゃん』だもの。ね、『小鳥ちゃん』?」
 いつの間にか二人の後ろに来ていたクレオが悪戯っぽく言った。
「『小鳥ちゃん』……あ、あったぞもうすぐ試合だな。さっきまでの格好といい名前といい……変な奴だなお前」
 思っていた事を素直に堂々と言った獣人にルンドは返す言葉が見つからないというような顔で黙り込んだ。

 

 隣に座っている男が、鞭打ち症状のように身体を微動だにしなかったのに、いきなり不可思議な音と共にその症状を解いて自分の名前は『小鳥ちゃん』とまるで少女のような名前を使って闘技場に参加する。
(クラリアットコロシアムには色々な奴が集まるんだな……)
 獣人は一人納得するようにそう思った。
「ねえ、ジュウマも出てるんでしょ? コロシアム」
 ルンドがなぜ獣人の名前を知ってるのかとクレオに訊くと、彼は最近入ってきた新米だという。
 腕っ節の方もなかなかでもう手合わせもしたらしい。
「そうだ、だが今は下見に来ているだけだ。
 俺の試合は明日だからな」
 ジュウマはそう言うと今度はルンドの方に向き直った。
「『小鳥ちゃん』は強いのか?」
 大真面目にそう訊いた。
「俺は今倒したい奴がいるんだ。そいつを倒すために、強くなるためにここへ来た」
「また始まった……」
 クレオがこれで何回目よ、とも言いたげな表情でジュウマを見、困惑しているルンドに説明してやろうと口を開いた。
「ジュウマはなんだか私もよく知らないんだけど、『ガロン』とか言う奴に最近こてんぱんに熨されちゃったらしいの。
 それでもう一度……何の月にって言ったっけ?
 あ、そうそう『黒の月』にまたそいつと戦うらしくて、そのためにここで修行しているんだって。
 で、同じくその『ガロン』っていう奴の情報も集めているんだって。私も仕事で色んな国に行くけどそんな名前聞いたことも無いのよ。ジュウマ程の強さの奴を簡単にこてんぱんに出来るくらいなら名前ぐらい知られていてもおかしくないと思うの、ルン……じゃない『小鳥ちゃん』何か知らない?」
 いつの間にか説明が質問に成り代わっていた。
 ルンドはその質問に良い返答を返してやりたかったが、その名前には聞き覚えはなく返事は首を横に振って返した。
「そうか……」
 残念そうにジュウマが呟く。
「でもジュウマ、この『小鳥ちゃん』は(ラジアハンドに行ってた間も稽古を怠けてなかったら)私より強いわよ。『小鳥ちゃん』と戦ってみなさいよ、強い奴と戦って自分も強くなりたいんでしょ?」
 落ち込んでいるジュウマを見て可哀想に思ったクレオはついルンドの今の立場を考えない発言をしてしまった。
「クレオ!」
 ルンドがあまりにも軽いクレオの口に驚く。
「あ、まずかったかなぁ……」
 クレオが後から気付いても発した言葉はもう取り戻せない。
 その言葉はしっかりとジュウマの大きい耳に入りジュウマの脳がより理解できる言葉へと形を成した。
「よし、今すぐやろう! 外へ行くぞ『小鳥ちゃん』!!」
 嬉しそうにジュウマはぐいっとルンドの服の襟を掴んで引っ張り上げるとそのままズルズルと出口の方へ引きずって行こうとする。
「ちょ、ちょっと待って下さい! 私にはどうしてもコロシアムに出場して優勝しなければいけない理由があるんです!!」
 強引なジュウマに慌てるルンド。
「コロシアムは来ればいつでも参加できる! 俺の用は今しか出来ないんだ!!」
 そんな勝手な!と、ルンドは真っ青になった。
「クレオ! 君からも何か言ってやってくれ!!」
 藁にもすがる想いでクレオに向かって叫んだ。
 しかしルンドはクレオの意地悪そうに微笑む顔を見てまたもや顔を青くした。
「ジュウマ、面白そうだから私も手伝うわ。こういう時は一人より二人の方が捗るでしょ?」
 そう言ってクレオはレイピアを抜く、実力行使で来るようだ。
 ……大変なことになった。
 無理をして振り切ろうとすれば逃げられない事もないが、本気で取り押さえに掛りそうな二人の内一人は女性だ、手荒な真似は出来ない。
 かといって本気を出さないことにはこの場を切り抜けられそうにない。
 口先だけで分かってくれそうな人物でない事は先程のジュウマの自己中心的な発言で既に実証済みだ。
「……分かりました」
 ルンドは観念して自ら白旗を揚げた。

©ファンタジア