彼女、クレオはクラリアット出身の傭兵だ。
母はクレオの弟ロクタを生むと同時に他界し、父はそんな母の死ぬときの様子さえ知らずに傭兵としての仕事でストレシアに行ったきり帰っては来なかった。
クレオは自分とロクタを養うために危険を承知で傭兵としての道を歩むことを決めた。
その時の彼女の歳は15。
年齢の若さと女であることで依頼は初めのうちは滅多に来なかったが、彼女の熱心な売り込みが功を奏して今ではクラリアット全体から見てもトップクラスの依頼量の傭兵という地位を獲得した。
勿論それは売り込みの成果だけだったという事ではなく、父からの血を受け継いでいるせいか、腕は確かだ。
初めのうちは何でもやったが、ある程度知名度が上がった今では主に護衛役の依頼を好んで請け負っているらしい、人を殺すことが少なくて済むからだった。
彼女がルンドと初めて知り合ったのは今から約8年前、賞金のために出場したコロシアム場でのことだった……
「やっぱり緊張するわね、こういう所は……」
初めて観客席ではないところに来たクレオは少し緊張した面持ちで選手達が集まる控え室のドアを開けた。
そこには異様な殺気とも取れる緊張が否応なく辺りを包んでおり、自分以外にも女性はいることはいるが、自分の歳に近い人がいないことは明らかだった。
(……これがいくら模擬大会でも、ここに来るのは早すぎたかしら……)
そんなことを思ってしまい、どうしても控え室に一歩踏み入る決意がなかなか表れないでいると、すぐ後ろから男の声がした。
「済みません、そこを通して頂けますか?」
「え? あ、はい御免なさい」
慌てて控え室の外に出てその男を通す。
男はクレオに丁寧に会釈をし、あまりの丁寧さにクレオが戸惑っていると男はこんな事を言った。
「どうかしましたか? ここは選手用の控え室ですよ。見たところ貴女は参加者のようですが、お入りにならないのですか?」
「そうだけど……あなたも参加者なんですか、ってここにいるんだから当たり前ですよね。御免なさい、コロシアムに参加するのは私初めてだから、緊張しちゃって控え室の雰囲気もなんだか私にはちょっと……」
そうでしたか、と男は言葉を返す。
「でしたら別に試合までここに待機している必要はありませんよ。自分の回の試合まで基本的に行動は自由ですから」
「え、そうだったんですか? 私はてっきりここでずっと剣を磨いたりウォーミングアップをしていなくちゃいけないのかと思ってました」
「そういう人たちの方が多いのは事実ですが、強制ではありませんよ」
へぇ、と思わず感心するクレオ。
それだけ言うと男はそれでは、と言って控え室の奥へと入って行こうとする。
「あ、ちょっと待って下さい! あなたの名前は?!」
咄嗟に出てきた言葉がそれだった。
「ルンドです」
少しだけ振り返る、と男はそれだけ言って奥の方へと行ってしまった。
「ルンドルンドっと、あ、いたいた……え、ウソ! 歳私と同じ16じゃないの!!」
クレオはルンドの助言通り、息苦しい控え室を出てコロシアムの観客席に向かっていた。
歩いている途中で出場者名簿からルンドの名を探してみたのだが、予想よりも遙かに年下、しかも同い年とあって驚いたのだった。
「……歳誤魔化してんのかしら……にしてもまだ誤魔化すような歳でもないはずよねぇ……」
失礼な詮索をしていることに後で気付いて一人苦笑を隠せないクレオだった……
「……そうそう、あんたって昔っから礼儀を絵にしたような奴だったわよねー。あん時私本当にあんたが5歳は年上に見えたんだから」
笑いがどうにか収まると、次に久しぶりに会った者どうしが先ずする事を忠実にクレオは実行しようとしていた。
つまり、昔話である。
しかし二人の場合はクレオがルンドの分まで喋り、ルンドはと言うと素っ気なく相づちを打つだけだった。
そんな二人のやりとりをじっと見つめる影一つ。
レイチェルだった。
「……なんだか……。あの女の人はどちら様なのでしょう〜。
ルンドもルンドですわ〜、どうして早く帰らないのかしら〜……こうなったら……」
と、決意を固めたレイチェルは二人の方向に走っていった。
「ルンド〜!」
「レイチェル様! 宿に居るようにと言ったではありませんか!!」
ルンドがお約束のようにレイチェルに注意を浴びせる。
それに対してレイチェルがまたまたお約束の理由付けを口にしようと思い、口を開きかけた時クレオが先に会話に入った。
「あぁこの子がレイチェル様なのね。可愛い子ね、初めまして私はクレオって言うの」
屈託のない笑顔を浮かべるクレオにレイチェルはまたしてもあまり抱くべきでない感情を抱いてしまった。
「あとレイチェル様、駄目よあんまりこいつを困らせちゃ」
と言いながらルンドを指差す。
「『レインボーブラシ』は歯ブラシじゃなくて玩具でしょう? こいつあなたのいった事を信じるだけしか脳がないから8時間もここでそれを探してたらしいわよ。
その辺考えてあげないと、ね? お遊びなら他でも出来るでしょう?」
完全にレイチェルを自分の弟並に見下している口調にレイチェルは歳はクレオさんの数倍なんですけどね〜、と、苦笑いをするのを何とか押さえて話題を逸らした。
「クレオさんもコロシアムに出場していらっしゃるんですか〜?」
言った途端クレオが、あっ!っと声をあげた。
「いけない! もう私の試合の時刻だわ!! それじゃねっ!」
言うや否や颯爽とコロシアムの方へ駆けていこうとしてクレオはなにを思ったか急に立ち止まり二人を見つめた。
「……そうだ、丁度良い機会だわ。
ルンド、あたしのあんたが居ない間に特訓した成果を見せてあげるから一緒に来なさいよ!
レイチェル様も見ていかない? 面白いわよ!」
クレオはそう言うと、二人がそれぞれの意見を言う前にホラッと背中を押しながら強引にコロシアムへと連れていったのだった。