ファンタジア

ルンド17

「ここに入るのも久しぶりだな……」
 ルンドが控え室の扉を開けるとそこには既に試合を早い時間に控えている者が10人ほど集まっていた。
 有名なクラリアットコロシアムなだけに、参加者も古今東西色々な国、種族がいた。
 実力の程は実際に戦ってみないと分からないが、それでなくとも分かる者はやはり数人いた。
 すなわち、以前に戦ったことがある相手。
 しかし、ルンドがドアを開けて入ってきたのに対してそこの連中は少し目を向けただけで、またそれぞれの準備に取りかかった。
「ふぅ……どうやら正体は分からないみたいだな」
 ルンドが少しの緊張を解こうとしたときいきなり後ろからポンッと肩を叩かれた。
 正直驚いたが、それを顔と身体の動作で表すことは何とか押さえ、ゆっくりと後ろを振り返った。
 が、やはり驚いてしまった。
「や、初めまして! あたしは……」
「クレオ!」
 新入りにご丁寧に挨拶するのは彼女位だと分かっていたのに、思わずクレオが名乗る前に名前を当ててしまった。
「へ? あんた誰だっけ?
 ……そう言えばどっかで見たような……」
 いらない疑問を持たせてしまった。
「えっ、いや……前回観戦しに来たときに見たんですよ」
 苦し紛れについ嘘をついた。
 だが、これが逆にルンドの首を絞めることになってしまった。
「へぇー、あたしの顔覚えてくれてんだ。 あんがとね。
 前回のあたしはあんたから見てどうだった?」
「え、えーとですね……女性にはやや重いはずのロングソードを軽々と使いこなし、更にそこから繰り出される素早い突きが素晴らしかった……と思いました」
 自分がクレオと戦ったときのことを必死に思い出しながらまたも苦しい返答をしてしまった、が……
「ロングソード? あたしは去年から細身のレイピアを使ってるんだけど……ホントに前回観戦してたの?
 怪しいわねー、名前はなんて言うの?」
(……それだけは言わせないで下さい)
「で、ではこれで失礼しますっ! 試合前にやり残したことをやっておかなければならないんでっ!」
 そう言うとルンドは部屋の外へ疾風のように行ってしまった。
「忙しない奴だな……でもあの声、どっかで聞いたことあるような気がするんだけど……まあいいか」
 気を取り直してクレオはドアを閉めて控え室へと入っていった。

 

「えー、長らくお待たせいたしましたー。
 午後の部第11試合目、始めたいと思います!!」
 観客がその司会兼審判の声を待ってましたとばかり大声で迎え入れた。
 夜中であるにも関わらず、観客はいっこうに減らず、松明と魔法の光がまるで真昼のようにコロシアム場内を明々と照らしていた。
「第11試合目の対戦者たちは、
 Eサイドは、出場経験4回のコロシアム経験者!
 これからの成長が大いに期待される獣人のナイト!!
 その名も『赤尾のゴストラ』だあぁぁぁ!!!」
 名前を呼ばれて颯爽と中央に駆けてきたのは、針でつつけば割れてしまうのではないかと思わせるほどの筋肉を膨らませたトラの頭をした獣人だった。
 ワァァッッと、文字通り割れるほどの歓声が辺りにビンビン響く。
 それを全身に浴びてゴストラは更にまるでトラそのもののような咆吼をあげる。
 それに釣られて歓声もより一層大きくなる。
 最高潮にまで達した場の雰囲気を更に盛り上げようと司会者がゴストラの対戦相手を読み上げようと手に持っているボードを見る、と、目を疑った。
 これ、ホントにいいの? 間違ってないよねぇ?
 と、客席下方に控えている同じコロシアムの関係者に目で訴えたほどだ。
「おい、俺の相手はまだか!」
 ゴストラが待ちきれないといった風に司会者を脅す。
「は、はいっ! では……
 Wサイドは、コロシアム初出場の人間の同じくナイト!
 名前は『小鳥ちゃん』だああぁぁぁぁぁ!!」
 一瞬会場全体が本当の夜のように静かになった。
 しかしその後はさっきゴストラの咆吼で盛り上げた場よりも騒がしいものとなった。
 すなわち……笑い声で。
「アーハハハハハ!! 何だよそいつ!!!」
「恥ずかしいと思わないのかしら!!」
「どんな顔してんだ? 審判! 早く見せろよ!!」
 観客はゴストラの対戦者に興味津々だ。
 一方ゴストラはというと、どんなふざけた奴だ! と、怒りの面持ちでやはりW側ゲートを見やった。
 会場全員の視線を一斉に受けながら出てきたのはフード付きの騎士用マントを羽織った平均的な体つきの男だった。
 やはり名前が恥ずかしいのか、フードは深々と被っていて顔はよく見えない。
「済みません……フードはこのまま被っていてもいいでしょうか?」
 その男、ルンドは下を向きながら審判に小声で訊ねる。
「え、あ、はい。 構いませんが……」
「そうですか、有り難う御座います。助かります」
 その会話を聞いていて腹が立ったのか待ちくたびれたのか、その両方なのか今度はゴストラが口を開いた。
「おい、早くやろうぜ。こちとらずっと待ってんだぞ!!!」
「は、はいっ!
 では、長らくお待たせいたしました!!
 双方とも剣を抜いて構えをとって下さい。
 ……いいですか、いいですね!
 それでは……試合開始っ!!」
 グァーンという銅鑼の音が辺りにこだました。
 それに伴い観客が総立ちする。
 中央の二人は間合いを計りながら、お互いを牽制しながら相手の出方をうかがう。
 その駆け引きが暫く続いた。
「ウオオォォォッッ!!」
 沈黙を破って先に動いたのはゴストラ、右手に握ったフランシスカ(比較的小型の斧)をルンド目掛けて振り下ろす。
 勿論刃は落としてあるので頭を割る事はないが、意識を昏倒させることはもとより、力一杯振り下ろせば相手をいとも簡単に殺す事が出来そうな位危険な代物であることに変わりはなかった。
 ルンドはそれを見ると素早く、しかしギリギリのところで攻撃をかわした。
 それを相手の力不足とゴストラは見て取り、不敵な笑みを見せた。
 更に相手の恐怖に引きつっているであろう顔を見てやろうと、かわされて今にも地面に勢いで叩きつけそうなフランシスカをルンドのフード目掛けて上斜に切り返した。
 またもや寸でのところでかわされたが、目的は達成できた。
 ルンドの羽織っていたていたマントの丁度結び目が破れ飛んで顔が露わになる。
 あれほどフードを取るのを拒んだのに不思議と身体を滑り落ちるマントには一瞥すらくれなかった。
 さて、ビビっている顔でも拝むとするか、とゴストラがルンドの顔を見やる。 
 しかし、ゴストラの予想は見事に外れることになる。
 ルンドは先程のゴストラと同じ不敵の笑みを浮かべていた……

 「あーっ! あいつだわ! 
 そっかー『小鳥ちゃん』て名前だったんだ……
 可笑しい名前だけど、なかなか……いえ、少なくともゴストラよりは腕が立ちそうね」
 クレオは客席に混じって試合を観戦していた。
 クレオのように、出場者が他の試合を観戦することは決して少ないことではなかった。
 理由は簡単、出場者の情報を掴むためだ。
 クラリアットコロシアムは普通の闘技場と異なり、出場者は誰と対戦するかその都度渡される紙を見ないと分からないことになっており、次の対戦相手に対しての下準備など出来ない様になっていた。
 だから一人でも多くの情報を持っておいて、個人の特徴ぐらいは知っておく必要がある、という訳だ。
「……あの『小鳥ちゃん』の身のこなし……どっかで見たことあるわ、やっぱり……」
 疑問が深まっていくクレオだった。

「この野郎っっ!!」
 ゴストラのフランシスカが舞い落ちる木の葉のように不規則に乱舞撃を繰り返す。
 それをルンドが計ったように寸先で全てかわしてみせる。
 まるで本物の木の葉のように、勢いのついた斧をひらりとかわすその姿は彼が実は相当の実力を持っていると観客にも、審判にも、そして相手のゴストラにも分からせるに充分だった。
「降参する気はないか? もう限界だろう……」
「うるせえっ!」
 ルンドの恐ろしい位の冷静な忠告をうけてゴストラはいきり立ち、更に速い乱舞撃を繰り出そうと、もう最大限にまで引き出している筋肉の力を更に出そうと咆吼した。
(……これ以上は危険だ……)
 そう判断したルンドはこの試合が始ってからまだ一度も振り下ろしていない鉄の剣を初めて
ゴストラの頸椎に向かって力を込めて振り下ろした。

 ガッ!

 勝負は一瞬で片が付いた。
 意識を失って崩れ落ちるゴストラを素早くベルトを掴んで顔面から倒れ込むのを防ぐとルンドはそのまま仰向けに寝かせてやった。
 沈黙が流れる。
「……しょ、勝者Wサイド! 『小鳥ちゃん』です!!」
 一呼吸おいて割れんばかりの歓声が響く。
「オオッ! すごいぜ『小鳥ちゃん』!!」
「格好いいわよー! 次も頑張ってー『小鳥ちゃん』!!」
「応援してるぞー! 蒼髪の『小鳥ちゃん』!!」
 歓声を送る人全てが最後に『小鳥ちゃん』をつけるので、ルンドは試合の最中に面倒になってそのままにしておいたマントを何気ない風に拾うと素早く紐を結わえ直し、深々とマントを被り直したのだった。

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