「!! 何だ、今の閃光は?! あの方向は……。レイチェル様!!」
夜も更け、蒼月が鮮明に闇空に映える時刻、ルンドは城内の廊下を私室に向かって歩いていた。
すると急に窓が稲妻の前兆のように光り、そのすぐ後にかなり近くで起こったと思われる爆発音が耳に届いた。
音は何か魔法的な力が働いているのか大した音量ではなかったが、ルンドが早急に向かおうとするには充分なほどだった。
「ルンド様! 今の閃光は何事でありましょうか」
ルンドの隊に属する騎士が指示を仰ぐ為に駆けてきた。
「分からない、とにかく行ってみる他はあるまい。早急に我が隊の数名をあの場所へ向かわせろ! あの方向はレイチェル様の研究室がある方角だ、急げ!!」
「ハッ!!」
応えると同時にその騎士は風のようにその場を離れ、元来た通路を駆けていった。
ルンドもすぐにその場を後にしようとしたが、何か思い出したように騎士が駆けていった方とは逆方向、つまり私室へと足を速めた。
「……フフフ、そんなものかしら? あなた方の実力って……」
蒼月をバックにレイチェルは弱い者をいたぶる時の強者の悪戯な笑みを浮かべながら言った。
既に刺客の2、3人が地面に俯せていた。
それぞれ身体のどこかに深い傷を負っているようで、消え入りそうな呻き声が何処からともなく聞こえてくる。
更に空気には血の匂いが染みついていて、純粋を思わせる蒼月とはまるで反対な光景がそこにはあった。
「……やるな、我々と互角程に立ち向かうとは……」
「互角? 勘違いされては困るわ。私はまだ本気を出してもいないのよ?」
「それは我々も同じ事……先程お前の魔法に間抜けにも掛かった者たちは、まだこの闇世界に入って日が浅かったのだよ。全く以て馬鹿な奴等だ……」
クククと、頭領らしい人影が笑う。
「……面白いじゃないの、その余裕、いつまで続くのかしら? 楽しみだわ……!」
言うと同時にレイチェルが実験中の短縮魔法を唱えたその時だった。
ガサッ
「? ……ほう、まだ小僧がいたのか」
「!! アルフェリアさん!」
そこにはレイチェルが今まで見たことのない、恐怖に怯えたアルフェリアの姿があった。
剣を前に突き出して、一応構えはしているようなのだが
その後の動きを忘れてしまった様に、ぴくりとも動かなかった。
「……アルフェリアさん逃げて!」
咄嗟のレイチェルの言葉に反応したのは皮肉にもアルフェリアでなく忍者達だった。
忍者たちは、音もなくアルフェリアの周りを取り囲み、攻撃態勢に入った。
頭領の指示一つでいつでも
アルフェリアの喉をクナイで貫ける体制に……
「殺れ」
「駄目っ!」
一瞬アルフェリアは周りの空気が凍り付いたように感じた。
自分はここで死ぬのか、と人事のように思えた。
やけにクナイを自分に振り下ろす手が遅く感じられた。
でも、かわせない。
身体が、動かない……。
ギイィィンッ!!
その幾つもの刃は大きな金属音と、一振りの剣、一人の男によってアルフェリアの頸動脈の血を啜るのを断念した。
レイチェルがその名を呼ぶ、アルフェリアの分まで声を出すかのような大きな声で。
「ルンド!!」
名を呼ばれた男は最低限の動作で振り返り、声の主の安否を確認すると、すぐに忍者達に向き直った。
「……ほぅ、貴様がルンドか。
噂には聞いているぞ、何でもクラリアットのコロシアムで何度も優勝をかっさらう程の剣の使い手だとか……
一度手合わせ願いたいと思っていたのだが、まさかこんな所で叶うとはな……」
そしてまた嫌悪すら感じる笑いを発する。
「忍は多くを語らないと聞いていたが、どうやらお前の様な例外も闇世界には存在するのだな」
ルンドが挑発とも取れる返答を返す。
それをまともに挑発と取った頭領は忍に最重要な冷静さを一気に失ってしまった。
「きっ、貴様! この私を愚弄したな!!」
後先考えずにそいつはルンドに向かってきたのだった。
今のルンドの様子を言い表すとするとそれは「静」一文字だった。
他には何も考えず、その場のありのままを見据え、動きを感じ、流れのままに刃を返し、薙ぐ。
幾多もの戦いの中で、これが一番自分に合った構えだとルンドはある日悟った。
眼前には先程から冷静さを失いつつも、確実に急所を狙って息もつかずに連続した攻撃を繰り出してくる忍がいる。
流石、と言ったところだが、本当の力の競り合い、戦いにおいては冷静さを失った時点でその者の負けが確定する。
現にこの頭領は自分の尊厳を傷つけられたことにしか頭が回っておらず、部下の事など忘れている様だった。
「どうした! 逃げる一方では私は倒せんぞ!!」
またも下非びた笑いが聞こえてきた。
(……そろそろか)
かわしながら後ろへそれていくだけだったルンドが突然前へ踏み出したので頭領に一瞬隙ができた。
ルンドにはそれだけで十分だった。
腰を落とし、急に勢いを止めることができない頭領に向かって腹部の鳩尾(みぞおち)に肘を深々と入れる。
それで反撃を封じ、更に顎部をクォートの柄尻で天に突き上げる。
その二発で完全に動きを封じ、留めに鞘をさしたままのクォートで男の背後から袈裟に切り、地面に叩きつけた。
「これでこの頭領は、暫くは口を開くことはないでしょう、
……どうやらこの刺客達はそれほどの手練れではないようです」
ルンドは淡々と言った。
決着は頭領が負けた時点で着いた。
残りの忍は間もなく駆けつけてきた数人のラジアハンドの騎士達によって一人残らず取り押さえられ、この騒動は幕を閉じたのだった。
後の尋問でこの刺客はラジアハンドのある貴族からの差し金と分かり、その貴族は国外追放という厳しい処罰を受けることとなった。