「なあ、レイチェル様……俺も一緒にラジアハンドまで行ってもいいかな? 突然で悪いんだけどさ……」
夜遅くに宿へ戻ってきたアルフェリアは朝レイチェルが起きたら話そうと思っていた事を打ち明けた。
彼をそうさせたのは一人になることの不安と二度と家には戻りたくないからだった。
何か今日はアルフェリアさんせかせかしていますわね〜どうしたのかしら〜、とレイチェルは思ったが、口には出さずに変わりに二つ返事で了承した。
「……ですが、あまりお身体に負担を掛けすぎては……」
「昨日はぐっすり眠れたし、もう大丈夫ですよ〜」
「よくやるよ……」
押し問答を始めてから既に二時間は経過したであろう。
議題は、レイチェルがレージラールで三人をラジアハンドまで連れていくか否かである。
当然の事ながらルンドは否定側へ、レイチェルは肯定側へと立ってさっきから議論を繰り返している。
実際のところ前記の押し問答になりつつあるのだが……
アルフェリアはというと、内心は肯定側なのだが、この議論が終わった時のことを考えるとどちらの席にも着けず、傍聴席に座って第三者の姿勢を保っていた。
(このままじゃ埒が空きませんわね〜 よ〜し)
「ルンド〜」
レイチェルがやけに悪戯っぽい口調で言う。
「レイチェル様、何と言われてもこれだけは譲れませんからね」
「あなたの○○をここにいるアルフェリアさんにバラされたくなかったら〜私にレージラールを使わせなさい〜」
そうレイチェルが言うとルンドの顔が凍りついた。
今まで見たことのないルンドの引きつった表情にアルフェリアは一体何が起こったんだと驚きの視線を、不敵に笑うレイチェルに向けた。
「レイチェル様、それは言わない約束でしょう……とにかく、駄目なものは駄目です」
それでも何とか強気な姿勢を立て直したルンドだったが……
「じゃあ、アルフェリアさんに話してもいいんですのね〜」
「うっ……分かりました」
レイチェルの二言目には勝てなかった。
「なあレイチェル様、ルンドの○○って何なんだ?」
議論終了後、ルンドが支度をするために宿へ戻ったのを見計らってアルフェリアはレイチェルに駆け寄った。
もしかしたら、これであいつに少しでも仕返ししてやれるかもしれないと、水を得た魚のようにアルフェリアはレイチェルから○○の内容を聞き出そうと躍起になった。
「それは秘密ですわ〜アレのことについては私も本当は話に持ち出したくなかったのですが、ルンドがあまりにも強情なので、仕方なく出したのですから〜」
「そこを何とか」
「私からは言えませんわ〜 ルンドに聞いてみたらいかが〜」
「……それが出来れば、してるって……」
悔しそうにするアルフェリアだった……
「レイチェル様、やはり私は徒歩で行きますのでレイチェル様達だけで……」
「ルンド〜、いいのかしら〜」
「……はい、御一緒させていただきます」
(あーっっ! 知りたいっ!!)
かくしてそれぞれの思いが交錯する中、一行はレイチェルのレージラールによってラジアハンド城へと向かったのだった。
「あいつ今頃何やってんのかなぁ……早く帰って来てくんないかなぁ……なんかもうマジでやばいんだけどなぁ……ウェノ送ろうかなぁ……」
ここはラジアハンド城内の一室。
私室の様なそこで、右も左も始末書の山に囲まれた最高位騎士グレッタが悲鳴に似た独り言を呟いていた。
「今どの辺りにいんのかなぁ……レイチェル様見つかったかなぁ……」
実際ルンドがラジアハンドを出てまだ一月も経っていないのだが……
グレッタはあの時軽い気持ちで引き受けてしまった事を今になって激しく後悔した。
「今まで始末書なんてあいつに頼ってばっかりだったしなぁ……だけどこんなに大変だったとは……ああ、あいつの神業的始末書捌きが恋しい……」
そう呟いて手元の山の一角をペンの柄で持ち上げ見る。
そこにはまず始末書を書いた兵士の名前、次の行には、その兵の馬が急に暴れ出して慌てて落ち着かせようと駆け寄ったら蹴り飛ばされたという様な内容が、そして最後の行に「左腕骨折」「右腕打撲」と、いわゆる結果報告が書かれていた。
そしてその最後の空欄に今か今かとグレッタのサインを待っている枠があるのだった。
最高位騎士は、どんなに小さな事であろうとも自分の隊で起きた事は知っておかなければならないという決まりがあった。
いざというとき迅速に行動出来ない事があっては困るとラジアハンド王直々のお達しだった。
「分かってても、これは辛いよなぁ……」
今日で何回溜息をついたことか。
溜息の回数と始末書確認のサインをした回数が比例するどころか反比例してしまっていた。
勿論回数が減っているのは後者のサインの回数だった。
「ルンドーっ! 頼むから帰って来ーいっ!!」
思わず叫んだその時だった
「なんだ? グレッタ」
「うわっ!!」
自分しか居ないはずの部屋で返事が来たので慌てて振り返ると、ルンドがいつの間にか背後に立っていた。
「ルンドじゃないか!! いつ帰ってきたんだ!?」
「ついさっきだ、レイチェル様のレージラールでな」
「ということは……やったー! これで始末書一人で書かなくてもいいんだーっ!!」
レイチェルの安否を訊ねる前に先に出た言葉がそれだった。
「始末書?」
手放しで喜ぶグレッタにそう言われて改めて部屋を見回すと、ルンドは今日は徹夜になりそうだ、と思った。