霧がウザイ。
まず最初にそう思った。
リエルは別に“ウザイ”とか思ったわけではないが、ニュアンスは同じだ。
とにかく霧が邪魔で何も見えない。
霧がかかれば前が見えないのは当然だし、霧が濃いのは予測していたことだったが、やっぱり邪魔なものは邪魔だ。
それに、いつのまにか霧雨になって、風もでてきたし。
幸い、リエルは風魔法の使い手なので、風の影響はほとんど受けない。
(これも“アノ亡霊”の仕業なのか……?)
しばらく考えていたが、答えがでるわけもなく、とりあえず先に進むことにした。
人の気配に注意しながら、一歩一歩ゆくっりと踏み出す。
リエルの五感は鋭く、敏感だ。
記憶力もいいため、物の配置は熟知していた。
辺りの様子は、目で見たようにわかる。
自分の現在地を確認しながら歩いてゆく。
ふと、遠くから甲高い悲鳴に混じって、歌声が聞こえてきた。
―――――――――♪♪
(これが“歌う亡霊”……)
綺麗なソプラノの、微かな歌声。
優しい、包み込むようなゆったりとした響き。
リエルには、この歌声が恐ろしいモノには思えなかった。
我が子を見守る母親のような、そんな暖かい旋律。
(一体、何が起こっているというんだ……)
リエルは、歌声のする方に向かって駆けだした。
そのころブレスは、リエルを探していた。
クロスドから頼まれた、ということもあったし、なにより十四,五歳の女の子を一人にさせるのは危険、と思ったからである。
リエルなら大丈夫そうだとも、思わなくもないが―――――
しかし、霧雨の暗さと船の揺れ、さらには強風が相まって、足元がおぼつかない。
さすがに不安になってきたのか、エンペランサが声をかけた。
「ねぇ、ブレスくん。リエルちゃんも心配だけど、やっぱり船室に戻った方がいいんじゃないかしら? だって、こんな風じゃあたしも思うように飛べないし、ブレスくんだって危ないわよ。ただでさえブレスくん泳げないのに……」
「でも、ほっとくわけにはいかないだろ?」
「そーだけどォ……」
「いつまでもうじうじしてるのも情けないだろ。それに、やっぱり可愛い女の子には、いいトコみせたいじゃん」
後半、ブレスは少しおちゃらけながら言った。
「ソレとコレと、どう関係があるのよ!?」
エンペランサは抗議したが、ブレスは笑いながら言う。
「エスにはわからない男心ってモンだよ」
「何ソレ。男心だなんてわかりたくもないわ」
憮然としながらエンペランサは言ったが、言葉とは裏腹に、エンペランサは安心したようだった。
(よかった。ブレスくん、笑ってる……)
それから、エンペランサは「もういいわ」と言って口を閉じた。
どうやらあきらめたらしい。
ブレスは、自分の身を案じてくれているエンペランサの優しさに、純粋に感謝した。
ちょっと過保護すぎる気もするが、それも一種の愛情表現なのだろう、とブレスは思うことにした。
それからまた歩を進める。
―――――――――♪♪
(歌声――――!!?)
突然聞こえたそれに、ブレスもエンペランサも戸惑った。
今まで聞こえていたのは、悲鳴のような声だけだ。
だが、突然歌声が聞こえてきた。
ゆったりとした旋律。
暖かみのある、綺麗なソプラノ。
エンペランサには、この歌声が悪いモノには聞こえなかったが、ブレスは何となく嫌悪感を抱いた。
この暖かさが、信用できない。
「一体なんなんだよ、まったく。向こうで何が起こってるんだ??」
「とにかく、歌声のする方に言ってみましょ」
そういって、ブレスとエンペランサは歌声のする方へと向かった。