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クロスド9(仮面と少女と竜使い10)

 霧の中、クロスドは進む。
 その足下には船員だった物体がゴロゴロ転がっている。ある者は喉元を、又ある者は腑を、まるで野獣か何かに襲われたように喰いちぎられている。
 中にはまだ息のある人も居るがクロスドには回復させる手段がない。
 彼に出来るのは苦しみをこれ以上継続させないコトしかなかった。
 銃声と共に消えかけの生命の炎が完全に消える。それが良いこととはとても思えない。例えどのような状況でも相手の心境など分かるはずがない。もしかしたら苦しみを感じながらも残り少ない命を全うしたかったのかもしれない。しかし、クロスドは止めない。銃弾の一つ一つが確実に生命を奪っていく。
 そんなことをしながらも生存者(この場合救助可能なと言う言葉が入る)を探すクロスドの前に霧の中で明るく光る一角が目に付く。
 上級客室。それがその部屋の名前だ。
 部屋へ近づいて行くに連れ霧の中に別の気体が混じり始める。何か蛋白質が焼ける匂いと共に……。 
 ドアノブに手を掛け――すぐに手を離す。尋常ではない熱をドアノブは持っていた。ドアノブに触れぬよう注意し、ドアを蹴り破る。厚手のブーツがこんな時に役に立ったと、関係のないことがふと頭に浮かんだが。
 室内の状況は想像以上の物だった。霧に対抗してか、それとも襲われたときにランプを倒したか判らないが室内は火の海だった。そして生存者はゼロ。
 警備も従者もそして貴族自身も絶命している。
 貴族の死体近づいたクロスドは、その死体が何かを握っていることに気づく。まだ死後硬直をしきっていないその指から“何か”を奪い取る。それは中身の見えない小瓶……。コルクの蓋がロウによって封印されている。火事場泥棒のような気もするが死体が持っていても仕方ないと頭の中で片づけその小瓶をローブの内ポケットに入れる。死してまで離さなかった物だ、何かしら価値はあるのだろうと。
 そこまでしてもう一度貴族の死体へと目を向ける。
 この部屋の他の死体もそうだが貴族の死体は文字通り首の皮一枚で繋がっていた。切り口もなめらかで、まるで鋭利な刃物で切断したようだ。
(鋭利な刃物……刃?)
 ふと違和感が頭をよぎる。ココまで来るまでの死体は全て猛獣に噛み殺されたかのような死体だった。しかし、ココの部屋の死体は全て刃物で殺害されている。
 そこまで考えたとき、クロスドに向けられる一つの感情があった。あまりにも純粋な悪意――殺意という名の感情が。
 その感情の先へと視線を向ける。天井まで燃え上がる炎の中、一つだけ立ちつくしている黒い影。この船に乗って居るであろう“もう一つの亡霊”。
 クロスドはその名を呼ぶ。まるで恋人を待っていた乙女の様な感情が心を支配する。歓喜でふるえまでした。
「――――――ファントム!」

 ……その名を叫ぶ……。

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