「調子はどうだ?
ブレス」
いきなり声をかけられて、ブレスは咽せかえった。
「ゲホッ……ゲホッ……あ、あぁリエルか」
声の主を確認すると、安堵したようにブレスが言う。
「そんなに驚いたか。ちょっとショックだな」
表情を変えず、さしてショックなど受けてなさそうな顔でいけしゃあしゃあとリエル。
「突然背後から声かけられたら、誰だってビビるって……」
うんざりとブレスは言ったが、それほど怒っている風でもない。
「それよりも、最近というか初めて会ったときより馬鹿な行動が多くなったと思うんだけど……?」
「そんなことは無いと思うが……ふむ、“あれ”の所為かもしれん」
「“あれ”ねぇ……ま、いーけど。んで?
何しに来た?」
「調子をちょっと、偵察に」
リエルの科白に、ブレスの表情が怪訝になる。
「“あれ”の差し金か?」
「いいや。これは私の意志だ。“あれ”はどっか消えた」
ちなみにいっておくが“あれ”とはもちろん、仮面野郎……もといクロスドである。
「消えたぁ? どこに?」
気の抜けるようなブレスの声。否、本当に気が抜けている。
「さぁ。わからないから「どっか」と言ったのだが。……まぁ君の妨害をするような事は無いだろうから、安心して良いとは思うが」
「まぁアイツの所在なんてどうでもいいけどな」
「……それで? ターゲットは決まったか?」
「あ、あぁ。まぁな。これだよ、この子」
そう言うと、ブレスは先刻まで自分が見ていた手配書をリエルに見せる。
そして、一人の少女の顔写真を指す。
「どんな子だ?」
「『ピコの栽培をしていた一家がワジュールから少し離れた場所にある栽培所で惨殺されているのが見つかり、ワジュールの警備隊はピコの栽培の第一人者であった被害者はなんらかの事件に巻き込まれたとして捜査していたが、手がかりはなく唯一、生き残ったのではないかと予想される末娘パルを捜索するが発見出来ず、賞金をかけられ、生きてつれてくれば三万ラージ、生きていなくとも本人だということが確実に証明されるものを持ってくれば一万ラージ。その他情報に関しては警備隊との要相談』」
さっき独り言で呟いた台詞を、まんまリエルに聞かす。
「そんで『強面の凶悪犯だと分かっているヤローを捕まえるより女の子を探した方がいいかな。結構良い値だし。』ってわけ」
ついでに、この少女を選んだ理由も述べる。
「ふぅむ。三万か……もっと良い値の付いた奴は居ないのか?」
「高い奴は凶悪なのが多いんだよ。俺はあんまり戦いたくない」
「だから、か弱そうな小娘を狙うってわけだな。まぁ頑張れ」
最後の一言は全然気持ちが入っていないが、ブレスは敢えて突っ込むのをやめる。
このままでは仕事にかかれない。
「それじゃ、俺はこの子探すから。……っと、そーいえばエスは?」
「宿屋で寝てる。一応聞くが何かすることはあるか? あればそれなりに協力するが」
「いーよ、別に。どうせ元は俺が悪いんだし……」
「そうか……」
ブレスの返答に、リエルの声が心なしか声が沈んだような気がする。
リエルに限ってそんなことは無いだろうと思いつつ、それでもブレスは言った。
「あ、じゃぁとりあえず、エスを頼むよ。まだ寝てるんだろ?」
「うむ。わかった。宿屋でエンペランサと待っているとしよう」
そして、ブレスとリエルは別れた。リエルは宿屋へ、ブレスは街へ。
「まずは情報収集からだろ、やっぱ」
最近独り言が増えたのか、誰に言うでもなしにブレス。
「どうやって情報を集めるかな〜」
ここはひとまず情報屋に行った方がよいのだろうか。しかし、情報屋は高い。
自分は一文無しなのだ。金を使うには取り立て屋に借りなくてはならない。
借金を返すために働くのに、これでは借金が増えてしまう。
「……やっぱ聞き込み、か……」
やはり地道に聞き込みをするとしよう。
「しかし、どうやって聞き込みすりゃいいんだ?」
ブレスは人捜しどころか聞き込みすらやったことが無い。どうしたものか……
ブレスは考えを巡らし、一人でぶつぶつと呟きながら歩いていく。
すると、どんっっっと何かにぶつかった。
「あ、すみません」
みると、緑の帽子とマントの小柄な少年がいて、ブレスに謝っている。
ブレスは半ば無意識的に軽く頭を下げ、その場を去った。
考え事の絶頂にいたので、謝罪の声をかけるのを完全に忘れていた。
ブレスが去った後で、隣りに居た少女が何事かを少年に言っていたようだが、街の喧騒に遮られよくはわからなかった。(ブレスもそれどころではなかった)
そしてとうとう夜になった。
慣れないながらに頑張ってなんとか聞き込みをして、それなりの情報は入手した。
しかし、入手したのはどれも「それくらいの歳の女の子」の話で「パル」に関する話なのかは定かではなかった。
『砂嵐に遭ったらしい少女を連れて帰ってきた』とか『犬を連れた少女を砂漠で見かけた』とか、そんなような内容だがどれも風の噂で外見がはっきりしないので、肝心のパルかどうかというのを判断しづらかった。
それに、これくらいの情報の話なら警備隊がとっくに調べているだろう。
ブレスが気になるのは前に挙げた二つではない。
実は、調べているうちに、こんなろくでもない話を聞いた。
曰く――「全く変な話でねぇ……白昼夢でも見たかと思ったんだけど、他の奴等に聞いたら自分もそうだ、とか言い出すもんでねぇ。え?
何の話かって?
そりゃあれだよ、『女の子の話』だろ?
ここの道をふらふら通って行ったさ。
それが、世の中おかしな事もあるもんでね。ありゃ『幽霊』だよ。なんてったって透けてたんだからさ。どんな姿かって?
確かね、こう真っ黒い髪に黒の瞳でね、肌が病気みたいに白くて真っ白い服着てて……そうそう、足には何も履いて無くて、まるで浮いてるみたいだったよ。
何かされたかって? 別に何もされなかったけどね。こっち見てニッコリ笑われたよ。
それがまた綺麗でね。背筋が凍る思いだったさ」
小間物屋のお喋りなおばちゃんに聞いた話だが、その後何度か耳にした。
確認しなくともセシアの話だろう。ゴーストは動けないのではないのか。
ブレスはうんざりした。結局、聞いたのはほとんどがセシアの話で、パルのパの字も出てこなかった。
ブレスはとうとう街の出入り口にまで着ていた。そして、今日はもうあきらめようと思い宿に戻りかけたその時、砂漠に人影が見えた。
暗がりの中で目を凝らす。じぃっと見ていると、その人影が視線に気づいたのか、こちらに振り返った。そして、ブレスはハッとなる。
あの人影こそがパルだった。間違いない。何度も何度も手配書を見て頭に叩き込んだパルのその顔を見間違えるわけがなかった。
ブレスは慌てて走りだす。そしてパルも、ブレスの様子に気づいてか逃げ出した。
しばらくそうやって追いかけっこをしていると、パルが派手に転んだ。
その隙をついてブレスがパルを捕まえる。ブレスの息は完全に上がっていた。
あと少しで走らされていたらヤバかったかもしれない。
「ハァ、ハァ……つ、捕まえたぜ。ワジュールのパル。おとなしくしろッ……はぁぁ」
「くっ……あ、あんた一体なんなのよ。突然追いかけてきて。もしかしなくとも変態?」
「なっ!? なんで俺が変態なんだよッ! お前が逃げるから追いかけてきたんだぞ」
「なんで逃げたら追ってくんのよ!!」
「それは……と、とりあえず街に戻ろう」
「あぁ〜! ちょっと言えないことなのぉ? なんなのよ一体!ってゆーかここドコォ?」
パルの台詞に、ブレスがハッとなる。そしてパル自身も自分の言葉に我に返る。
「ここ、ドコ??」
落ち着いて、改めて尋ねてみる。
「何処??」
聞き返された。
「っだぁぁぁ!! なんなのよ一体!? ここドコよぉ?! ……ってかアンタ誰?」
ヒステリックに叫ぶパル。ここからはワジュールが見えなかった。
ずいぶんと移動してしまったらしい。
「う〜ん……パル、砂漠詳しい? 俺砂漠初めてだから進み方とか全然わかんないんだけど……」
「そりゃあ仮にも砂漠の女だもの。砂漠の歩き方くらいは知ってるけど……でもアタシ、ワジュールには戻らないわよ。だってまだワジュールにはお父様とかお母様とかを殺した人達が居るんでしょ? 危ないじゃない」
パルの台詞に、ブレスの肩がずり下がる。
「砂漠にいても危ないんじゃないのか?」
「そーだけどぉ……」
「それと、俺が君を追ってる理由。君に賞金がかけられてる。額は……まぁいいとして唯一生き残った君が居ないから警備隊の捜査が難航してて、なんとかする為に警備隊が君に賞金をかけて必死になって探してる」
「ふ〜ん。じゃ戻った方がいいんだ」
「まぁ、そうだけど……戻りたくないんじゃないのか?」
「べっつにィィ〜。だって犯人が怖かったんだもん。でも捕まってないんでしょ?
そしたら砂漠に居る方が危険じゃん。警備隊のトコまでは送ってってくれるんでしょ?
だったらいいよ。その代わり完全にアタシが安全になるまではしっかり守ってよね」
「はぁ……まぁこっちは助かるけど」
一気にまくしたてられ、理解するのに少し時間が掛かった。しかし、どうやら無事、戻ってくれるようだ。
ここになって、ブレスはパルの頭がそれほど悪くないことに気が付いた。
少女の態度や今まで姿を消していた理由とかを考えると、とてもじゃないが頭がいいとは思えなかったが、どうやら違ったようだ。
「それじゃ、戻るか。道は……わかるよな?」
「モチロン! そんなに街から離れてないと思うから、きっとすぐよ」
「さっきあんなに「ここはドコ!」って絶叫してたのに、大丈夫か?」
「大丈夫よ! さっきは少し錯乱してただけよ」
言い合って、二人が歩き始めたその時、事は起こった。