ファンタジア

レイチェル3

 レイチェルの脱走から約6時間が経過しようとしていた……。
 日は暮れ始め、丸い鮮やかなほど紅い月が町を照らしていた。
「今日は紅月の夜なのね〜、どうりで魔法の効きが弱いと思ったわ〜」
 紅月とは、ソーサレスやプリースト達にとって、最も忌むべき月の一つである。
 紅月は魔力や神力を弱める力をその光に持っていて、その力の効き目個人差にもよるが、ほとんどの人は力が弱まるのだと、アスリースにあるアカデミーでも、「デリクラン」と言う若者によって証明されたほどだ。
 力が弱まるのは、ビショップであるレイチェルとて、例外では無い。
 さらに女性の場合、違う意味でも大変なことになるのだが……それはさておき、レイチェルはこのまま紅月の夜の下で野宿!!と言うのは流石に嫌だったらしく、近くにあった宿屋で宿を借りることにしたのだった。
「えっと……宿屋&酒場:アルシオネ……ここにしようかな〜?」
 そう言いつつ店に入ると、中は酒の臭いで充満していた。
「なっ!? なんなの!!?」
 一瞬……立ちくらみに近い衝動がレイチェルの体を走り、そのまま入り口で膝をおった。
 酒などとは無縁だったレイチェルはその臭いをかいだだけで、もう酔い始めていたのだった……。
「大丈夫ですか? お嬢さん?」
側にいた声からして男の人がレイチェルに手を貸した……
 すみません……と言いつつ顔を上げると、あっ!と言いいそうになった声を喉の奥に押し込めた。
 その男は紛れもないラジアハンドの神官騎士の一人だったのだ。
「…………」
「? どうしました? 私の顔になにか……?」
「!! いえ……こんな酒場に騎士様がいらっしゃるとは知りませんでしたわ〜……! いえ、知りませんでしたわ……」
 危うく、唯一有名な特徴の語尾をのばす癖を言ってしまったレイチェルは直ぐさま言い換えたが、相手の騎士はさほど気にしていないようすだった。
「いやいや、これは任務でね……そうだ、我々はラジアハンドのレイチェル猊下と言うビショップ様を捜しているのだが、君は知らないかい?」
「いえ、知りませんわ? どういうお方ですの?」
「いや……それは我々も良く分かってはいないんだ、なにせ急なことでね……特徴らしい特徴があったような気がするんだが……どうも、思い出せない……」
「大変ですわね……それでは、私……宿を取ろうと思っていますので失礼いたします」
そうしてボロが出ないうちに足早に騎士の前から立ち去ろうとすると騎士が親切にもテントを貸してくれると言ってきたのだった。
「お嬢さん、ここは悪名高きストレシアですよ!? 貴女みたいな美しい方がこんな相部屋しかない宿に泊まることはありませんよ!」
 その言葉で、ここがストレシアだと言うことがわかったが、騎士が沢山いるテントよりも、多少はいろんな意味で危険でも魔法で何とか自分の身位守るのはたやすいレイチェルはその申し出を丁寧に断った。
「ありがとうございます……しかし、今夜はここにしようと決めたので……」
「……そうですか……それでは仕方ありませんね、明日にはレイチェル様の人相描きも出回るでしょうから、何か気付いた事があったら町の北にあるテントまできてくださいね」
「はい、わかりましたわ」
 騎士が宿からいなくなると、レイチェルはやっと一呼吸つく事ができた。
「……明日にはもう人相描きが出回るんですの〜〜!」
「大変だわ〜〜どうしましょう!!」
 酒場に居る人達には頭を抱えた美しいエルフがうろうろしている事をさぞ奇妙がっただろう……。

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