そして、楽は宿を出た。
もう陽は高い。
朝一番の気持ちいい空気を吸えないのは残念だが、10日間の間夜型に生活を切り替えねばならないから仕方ない。
楽は今日も暑く砂っぽい道を歩き始めた。
今日は昨日とは違う方向、東に向かってみることにした。
もしかしたらブルムンクスの店を見つけることができるかもしれない。
町全体は大きいと言うほどでもないが、町の中が込み入っていて、一つ一つの店が小さいため、全ての店を回るのは無理なのではないかと思う。
辺りを見回しても、道の両側にはびっしりと店がひしめきあっており、それぞれの店で客を呼び込んでいる。
呼び込むと言っても、店の前に客を引っ張ってきて、ひたすら商品を売り込むというようなものだが、そのやり方がかなり強引で、一度捕まったら何か買わずには放してくれないような気さえする。
後ろを向くと、さっき楽の目の前で捕まった中肉中背の男性が、果物屋亭主の売り込み攻撃から逃れようとまだ必死になって頑張っていた。
それを見ていると、あのジュラルミンの店での店主の押しの強さが思い浮かんできて、
楽は思わず苦笑いを浮かべた。
しばらく歩くと、古物を売り買いする店の集合地帯に着いた。
どこも看板にアンティークの文字を掲げ、見るからに高そうで古そうな品物を無造作に店頭に並べていた。
なんとなく、ここならブルムンクスの店のことが聞けるような気がして、楽は一軒ずつ回ってみることにした。
しかし、闇市開催中の今、昼間休業という店が多く、開いている店よりも閉まっている店の方が遙かに多い。
端から5軒目までは全て「ただいま営業時間外」のプレートが下げられており、楽は端から6軒目の古物店から聞き込みを始めなければならなかった。
その店は薄暗く陰気で、入り口を入ったときから空気が重かった。
「すみません、どなたかいらっしゃいますか?」
店の主人がいないようなので、楽は暗く何も見えない奥に向かって大きく声をあげた。
すると、奥の暗闇からごそごそと動くような音が聞こえ、見上げるほどの大男がのっそりと楽の前に現れる。
腕組みをして、こちらを値踏みするように上から下まで睨め回す。
「なにか、買いに来たのか?」
よく見ると毛むくじゃらでかなり良い筋肉の持ち主だ。
その人物が少々横柄な口調でそう言った。
「いえ、物を買いに来たのではありません。
お聞きしたいことがいくつかありまして……」
楽がそう言うと、男は眉間にしわを寄せ、手を2、3度振った。
「帰った、帰った。
こっちは忙しいんだ。
店の前にも書いてあっただろ? ここは夜からだよ、夜から」
早く帰れといった風に、男は吐き捨てるように言った。
「……この店の前にはそんなことは一言も書いてありませんでした」
相手の言い方に少しムッとした楽が、ちょっとしてから事実を述べる。
実際、店の前にはなんの知らせも無かった。
「あぁ、そうかい。
それなら今から休業だ。
さっ、出てった、出てった。用があるなら夜また来な、兄ちゃん」
男はこう言うのが当然であるかのように言い放つ。
そして、楽は追い出された。
筋肉につまみ上げられて放り出された感じだ。
これには幾分腹を立てないわけにはいかなかった。
訊ねてきた者をこんな気分にして追い出すとは、礼の一かけらもない。
砂漠の風土と同じように、この店の男も心が荒れ果てているのだ。
もう一度男に会い、一言言ってやりたいと思ったが、店の入り口にはもうちゃっかりと
「営業前、立入禁止」
という即席の看板が下がっていて、ドアには鍵もかかっていた。
「…………」
楽はムラムラとした気分を何とか押さえ込んで、隣の店へ向かう。
この辺りの店は扱っている品物柄か、入り口には必ず頑丈なドアがあり、外から中を見通すことはできない。
きちんと掲げられた「営業中」の看板を見て、楽はドアをノックした。
しかし、しばらく待っても中からは誰も出てこない。
ノックの直後、店の中からガシャガシャ、ガッシャーンという音が聞こえたため、店の主人が出てくるのはもうしばらく後だろう。
中から誰も出てこない理由が何となく分かったため、楽はもうしばらく待つことにした。
店の壁にもたれかかってまわりを見回す。
と、向こうから一団がやってくるのが見えた。
男が大事そうに大きな荷物を抱え、それを隣にいる少年が守っているように見える。
何だか変な光景だ。
もしかしたら、隣の少年が用心棒なのかもしれない。
楽と同じくらいに見えるが、その気配はただ者ではない。
ピンと張りつめて、辺りを警戒しているようだった。
少年は、こちらからの視線に気付くと、キッと楽の方を向いた。
そして、何故か驚いたような顔をする。
楽の方にその少年の顔を見た覚えはないのだが、あちらはこっちを知っているのだろうか。
しかし、その驚きの表情は一瞬にして消え、また厳しい表情に戻った。
荷を抱えた男が楽から3軒先の店で立ち止まり、その店のドアをノックすると、すぐに中から人が出てくる。
「これはこれはメルディスさん、ようこそいらっしゃいました」
そう言って一団はその店の中に招き入れられた。
店の前で待つのはまた楽一人になった。
暇になって空を見上げる。
雲一つない快晴だ。
太陽の日射しはこの時間ジリジリと強まっており、何もせずにこのまま待っているのもそろそろ限界だ。
何か、何か考えよう。
……そうだ、さっきの少年……
あの緑髪の少年、妙な気配を放っていた。
何かの修行を積んでいるのは間違いない。
一体何の修行を積んだのだろう……あまりスキが見あたらない。
見た目は楽と同じくらいに見えたが、もし同じくらいの年ならば、やはり凄いと思ってしまう。
世界は広いのだと改めで実感する。
それにしても、あの荷を抱えた男、メルディスと言ったか、ずいぶん大事そうに荷を抱えていた。
何かを売りに来たのだろうか……
名前で店の者から呼ばれるくらいだから、かなりの常連なのだろう。
メルディス……メルディス……
何となく頭の中で繰り返してしまう。
……メルディス…メル…………!!!
有翼人の売り主は「メル〜」だ。
バストル・ニーチェの小屋の主人がそう言っていた。
今、3軒先の店に入った男はメルディス。
加えて、男はガードを付けていた。
そして、メルディスは古物店に出入りする常連客のようだ。
全てが繋がる……有翼人の売り主は『メルディス』。
もう、これは間違いない。
楽は目をつぶり、大きく息を吸って気を落ち着ける。
メルディスの元に有翼人がいる……それはエルファかもしれない。
メルディスの元にはガードがいる……きっともっと沢山いるだろう。
メルディスはこちらが有翼人を捜しているのを知らない……これは使える。
メルディスは今、3軒先の店の中……チャンスは今だ!
楽は3軒先の店までゆっくりと歩き出した。
今まで待っていた店のドアがやっとの事で開いたのにも気がつかない。
中から店主らしき人物が出てきて、こちらに声をかけたのにも気付かない。
そして、怒ったようにドアをバタンと閉めたのにも気付かない。
ただ、慎重に……メルディスのガードに悟られないよう、慎重に、集中しながら、店に近づいた。