ファンタジア

在村楽62

 朝食を終えた楽は、闇市開始までの時間をワジュール散策に使うことに決めた。
 まずは町の様子を知っておかねばならない。
 宿を出ようとドアの前に行くと、何かが袖に引っかかっている。
 後ろを振り返ると、そこに女主人がいた。
 楽の袖を弱い力で引っ張っているのだ。

「あ……なんでしょうか」
 少々驚いた楽が、その驚きを抑えてそう聞くと、ボソッと聞き取れない声で女主人が何かを言った。
「……すみません、もう一度言っていただけますか?」
 すると、今度はいくらか聞こえる声で口を開く。
「……私……マリアと申します……この宿・・・メルッチョの主人です……」
 どうやら自己紹介のようだ。
 そういえば、まだ女主人の名前を聞いていなかった。
 そして、楽自身も名乗っていないのを思い出し、慌ててこちらも名乗る。
「拙者、楽と……在村楽と申します。
 10日間お世話になりますが、宜しくお願いしますね、マリアさん。
 今日はこれから町を色々回ってきます。
 また夜になったら出かけることになるので、昼は帰ってこないかもしれません」
 とりあえず、今日の予定を伝えておいた。
 他に客がいないようなので、こちらの予定は伝えておいたほうが良いだろうと考えてのことだ。
「そう……ですか……」
 何故か幾分悲しそうにマリアは言い、掴んでいた袖を放した。
「いってらっしゃいませ……お帰りを…お待ちしております……」

 ドアが開き、楽は外に出た。

 今日もワジュールは暑い。
 宿の中はひんやりしていて過ごしやすかったが、外に出て思い出す。
 ここは砂漠の町なのだ、と。
 踏みしめる地面も、土や石畳ではなく、太陽の光を受けて熱くなった砂である。
 楽が歩くと、わらじのスリ跡が砂の上に模様のようにして残った。

 しばらく歩いていると、何やら賑やかな通りに出た。
 沢山の人が道にあふれている。
 何となく感じがアディンバルに似ていた。
 だが、閉まっている店が多い。
 今町に出ている人々は何の目的があって歩いているのだろう……。
 やはり、楽と同じく闇市の下見をしているのだろか……。

 目を上げると、正面に大きな建物が見える。
 薄い紫色の外壁に赤い屋根という、ひときわ目立つ建物だ。
 そして、その入り口には建物とは対照的に小さな看板が立っている。
 楽の位置からはよく見えないため、通りを越して見に行った。

 〜闇市1日目、競売
 〜闇市3日目、ミニコロシアム
 〜闇市5日目、展示会
 〜闇市8日目、音楽会
 〜闇市最終日、×××××

 何故か最終日の予定が消されている。
 それにしても、良く分からないことをやるものだ。
 音楽とは、どんなものが出てくるのか……。

 とりあえず、看板の内容を覚え、楽はその場を離れた。

 そのあとも町をぐるぐるとまわり、エルファやヘスティアの姿を探したが、一向に見つからない。
 ブルムンクスの店さえ見つけることができなかった。

 そして、日が暮れた。

 辺りが暗くなってくると、どこからともなく黒いマントを羽織った人々が町を徘徊し始めた。
 決まってその黒マントのまわりには屈強な男が2,3人ついており、まるでその黒マントの人物を守るかのようにして歩いている。
 これがヘスティアの言っていた「お金持ち」の姿か……と、一人納得してしまった。

 カラ〜ン・・・カラ〜ン・・・

 突然、どこからともなく鐘の音が聞こえてきた。
 静かにひっそりと、どこかもの悲しい響きが町に流れる。

 カラ〜ン・・・カラ〜ン・・・

 その鐘はなおも鳴り響く。

 カラ〜ン・・・カラ〜ン・・・・・・カ〜ン・・・・・

 そして……止んだ。
 最後の音が少し違って聞こえたのは楽の聞き間違いだろうか。

 と、その音を合図に町が動き出した。
 あっちでもこっちでも、昼間は固く閉ざしていた扉を開き、ドアに小さな炎を掲げはじめる。
 どうやらこの炎が闇市参加店の証らしい。
 楽が思った以上に参加店が多いようで、通りを見回すと、点々と赤い炎が暗闇に浮かび上がっていた。
 楽をどこかに誘うように、赤い炎がゆらゆらと揺れる。

 ……ワジュールでの闇市が始まった……

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