朝食を終えた楽は、闇市開始までの時間をワジュール散策に使うことに決めた。
まずは町の様子を知っておかねばならない。
宿を出ようとドアの前に行くと、何かが袖に引っかかっている。
後ろを振り返ると、そこに女主人がいた。
楽の袖を弱い力で引っ張っているのだ。
「あ……なんでしょうか」
少々驚いた楽が、その驚きを抑えてそう聞くと、ボソッと聞き取れない声で女主人が何かを言った。
「……すみません、もう一度言っていただけますか?」
すると、今度はいくらか聞こえる声で口を開く。
「……私……マリアと申します……この宿・・・メルッチョの主人です……」
どうやら自己紹介のようだ。
そういえば、まだ女主人の名前を聞いていなかった。
そして、楽自身も名乗っていないのを思い出し、慌ててこちらも名乗る。
「拙者、楽と……在村楽と申します。
10日間お世話になりますが、宜しくお願いしますね、マリアさん。
今日はこれから町を色々回ってきます。
また夜になったら出かけることになるので、昼は帰ってこないかもしれません」
とりあえず、今日の予定を伝えておいた。
他に客がいないようなので、こちらの予定は伝えておいたほうが良いだろうと考えてのことだ。
「そう……ですか……」
何故か幾分悲しそうにマリアは言い、掴んでいた袖を放した。
「いってらっしゃいませ……お帰りを…お待ちしております……」
ドアが開き、楽は外に出た。
今日もワジュールは暑い。
宿の中はひんやりしていて過ごしやすかったが、外に出て思い出す。
ここは砂漠の町なのだ、と。
踏みしめる地面も、土や石畳ではなく、太陽の光を受けて熱くなった砂である。
楽が歩くと、わらじのスリ跡が砂の上に模様のようにして残った。
しばらく歩いていると、何やら賑やかな通りに出た。
沢山の人が道にあふれている。
何となく感じがアディンバルに似ていた。
だが、閉まっている店が多い。
今町に出ている人々は何の目的があって歩いているのだろう……。
やはり、楽と同じく闇市の下見をしているのだろか……。
目を上げると、正面に大きな建物が見える。
薄い紫色の外壁に赤い屋根という、ひときわ目立つ建物だ。
そして、その入り口には建物とは対照的に小さな看板が立っている。
楽の位置からはよく見えないため、通りを越して見に行った。
〜闇市1日目、競売
〜闇市3日目、ミニコロシアム
〜闇市5日目、展示会
〜闇市8日目、音楽会
〜闇市最終日、×××××
何故か最終日の予定が消されている。
それにしても、良く分からないことをやるものだ。
音楽とは、どんなものが出てくるのか……。
とりあえず、看板の内容を覚え、楽はその場を離れた。
そのあとも町をぐるぐるとまわり、エルファやヘスティアの姿を探したが、一向に見つからない。
ブルムンクスの店さえ見つけることができなかった。
そして、日が暮れた。
辺りが暗くなってくると、どこからともなく黒いマントを羽織った人々が町を徘徊し始めた。
決まってその黒マントのまわりには屈強な男が2,3人ついており、まるでその黒マントの人物を守るかのようにして歩いている。
これがヘスティアの言っていた「お金持ち」の姿か……と、一人納得してしまった。
カラ〜ン・・・カラ〜ン・・・
突然、どこからともなく鐘の音が聞こえてきた。
静かにひっそりと、どこかもの悲しい響きが町に流れる。
カラ〜ン・・・カラ〜ン・・・
その鐘はなおも鳴り響く。
カラ〜ン・・・カラ〜ン・・・・・・カ〜ン・・・・・
そして……止んだ。
最後の音が少し違って聞こえたのは楽の聞き間違いだろうか。
と、その音を合図に町が動き出した。
あっちでもこっちでも、昼間は固く閉ざしていた扉を開き、ドアに小さな炎を掲げはじめる。
どうやらこの炎が闇市参加店の証らしい。
楽が思った以上に参加店が多いようで、通りを見回すと、点々と赤い炎が暗闇に浮かび上がっていた。
楽をどこかに誘うように、赤い炎がゆらゆらと揺れる。
……ワジュールでの闇市が始まった……