ファンタジア

在村楽59

 左の道に入ってしばらく歩くと、巨大な壁画の前に辿り着いた。
 今まで狭かった道がその壁画の前だけ大きく開けていて、一つの空間が出来上がっていた。
 どうやらここで行き止まりのようだ。

「行き止まりですね」
 楽が言う。
「そうみたい……でも、この壁画にも意味があるのかも……楽ちゃん、これ、調べようよ、手分けして!」
 リーザは言うが早いか、家5軒分は横幅があるかと思われるその壁画を右の方から丹念に調べはじめた。
 どうやら、楽は左から調べることになったようだ。

 その壁画は大きな5枚の岩に彫られており、それが連なって巨大な絵になっていた。
 縁には細かな装飾も施されている。
 所々に何かをはめ込むような穴が幾つもあいており、その形は丸、四角、楕円、三角、と様々である。
 しかし、そこにはめ込めるような石などはあたりに見あたらず、ただその壁画だけがひっそりとこの開けた空間に存在していた。

「ね〜ぇ……楽ちゃ〜ん……何かぁ……あった〜ぁ……?」
 遠い暗闇からリーザの声が聞こえた。
 二つに分けたたいまつの光では、両端に立つ二人がお互いを確認できない。
 おまけに、石にエコーした声がどこか間延びして聞こえる。
 楽は今のところ何も変わった物は見つけていなかったので、「ありません」と大声で言った。
 きっとこの声も間延びして聞こえるのだろう。
 その後もしばらくは壁画に向かって上から下まで丹念に調べる作業が続いた。
 ヘビの絵や、なにかの文字、そして古の生物と思われるものまで、様々なものがその壁画には刻まれていた。
 そのほとんどが楽にはよく分からなかったが、見ているだけでもそれは十分に面白く、興味をかき立てられる物だった。そして、その作業はシェプシの一吠えで終わりを告げる。

 ゥオオオオォォォォ〜ン

 突然シェプシが吠えた。
 二人は壁画調べの手を休め、ちょうど中間地点にいるシェプシの元にやって来た。
 シェプシはなおも吠えている。
「ちょっと、シェプシ。どうしたの?」
 リーザが話しかけると、もう一度吠え、ゆっくりと後退したかと思うと、いきなり勢いをつけて壁画に飛び掛かる。

 ドン!

 シェプシが壁画に体当たりし、そのまま壁画の下に崩れ落ちる。
「シェプシ!」
 リーザが叫び、駆け寄った。
「シェプシ! 大丈夫? どうしたの?」
 リーザに抱かれるとシェプシはもう一度吠え、その鼻先を今飛び掛かった辺りへ向けて左右に振った。
「? ……ここに、ここに何かあるの? ……何かあるのね?」
 リーザが問いかけると、それを肯定するようにシェプシが大きく吠えた。
 楽はシェプシの体当たりした辺りに近寄り、よく見てみたが、壺のような絵がと小さな穴があいているだけで、他には何もない。
 しかし、なおもシェプシは吠えた。
 他に何があるのか楽には分からなかったので、試しに手をかざしてみた。
 ……微かだが、風を感じる。
「風……風が出ています! この穴から!」
「風?」
 リーザがいぶかしむ様に立ち上がり、楽と同じように手をかざす……
 リーザの手にも空気の流れが感じられた。
「あっ、ホントだ!」
 リーザが嬉しそうに声をあげる。

 風が穴から出ているということは、この壁画の向こう側に空間があり、もしかしたらどこかにつながっているのかもしれない。
 そう考えた楽は、もう一度壺の絵の辺りを調べなおした。
 よく見ると、縦一直線にまっすぐ延びた細い亀裂が入っている。
 これはどう見ても時間的な物によって入った亀裂ではなく、最初から何かの目的で入れられた亀裂だ。
 リーザにそう言うと、
「じゃぁ、斬っちゃってよ、楽ちゃんの剣で縦一直線にズバァっと」
 という、とんでもない答えが返ってきた。

「こ、これを斬るんですか? この壁画を?」
「そう、斬るの」
「もしかしたら、歴史的に貴重な物なのかもしれませんよ?」
「だって、しょうがないじゃない、先に進むにはそれしかないよ」
「しかしそれでは……」
「何かの目的のために入れられた亀裂なんでしょ? だったら、斬ってあげるのが筋ってもの。さっ、早く!」

 …………。
 こうなっては仕方がない。
 亀裂以外の所に傷を付けぬよう、一太刀で縦一文字に斬ろう。
 ……楽は観念して剣を構えた。

 狙いを定め、思い切り振り下ろす。

 スッ ガガガガガガガガガガガガガガガガ……カンッ

 壁が剣の刃で縦一文字に削られ、最後にこの場には似つかわしくない音がした。

 カンッ?

「今の音って?」
 リーザにも聞こえたようだ。
 今の音をもう一度確かめるように耳を澄ましていると、また別の音がした。

 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ…………

 壁画の向こう、それも遠くから、何か重い物が動く音が聞こえてきた。
 そして……

 ガラガラと音を立て、壁画の一部が崩れた。
 5枚の岩のうち、真ん中の一枚だけが綺麗に崩れ落ちたのだ。
 ぽっかりと大きな穴が口を開ける。
 他の4枚の岩には全く被害は見られない。
 きっとこの4枚も何かの仕掛けで動いたり壊れたりするのだろう。

「やった! やったじゃない、楽ちゃん!」
 リーザは今までで一番の喜びようだ。
 しかし、楽の方はそうでもない。
 歴史的に貴重かもしれない壁画を一枚、それも真ん中の部分を壊してしまったのだ。
 なんとなく、心穏やかではいられなかった。

 そんな楽にはお構いなしに、リーザはスタスタと奥へ進んで行った。
 元気になったシェプシを連れて……。
 ため息をつきながらも荷物をまとめ、楽も遅れて後をついていった。

 しばらく歩くと、急に足元に傾斜がついてきた。
 今までは平らで平坦だった道が上に向かいはじめている。
 これはきっと出口が近いに違いない。
 期待からか、楽の歩調は少しずつ速くなる。

「……やった〜!……」
 かなり先を行くリーザの声が前方から聞こえてきた。
 何が「やった!」のか分からないが、楽も走って追いつく。
 そして、楽を認めると、待っていましたとばかりにリーザが上を指さして言った。
「見て! 光が射し込んでる!」
 リーザがその体に途切れ途切れの光を浴びていたことから、それは言われずとも近づくだけで分かった。
 こんなに強い光……きっと太陽の光だ。
 たいまつの光では決してない。

「やりましたね、やっと外に出られそうですよ」
「ほんと、やっとだね」
 二人で笑みをかわした。

 光の射し込んでくる二人の頭上は、入り口と同じようにレンガで塞がれていた。
 しかし、ここのレンガも崩れやすい物のようだ。
 楽が剣の鞘でつつくと、ポロポロと砂になって崩れる物がいくつかあった。
「これなら出られそうですね」
「うん。じゃ、はやいとこそのレンガどけちゃお!」
 こうして二人は頭上を掘り始めたのだった。

 どれくらいの間掘っていたのか分からないが、入り口を塞いでいた最後のレンガは、リーザの槍の一撃によって大破され、その瞬間、太陽の強い光が二人を包み込んだ。
「うわっ」
 いきなり強い光に当てられ、目が見えなくなった。
 そして、首も痛い。
 ずっと上を向いていたため、首の筋肉が何だか変な感じだった。

 これで出口は開いた。
 あとはどうやって出るか、だ。
 この出口も入口と同じく、狭い。
 入るときはただ落ちてくればよかったが、今度はそうはいかない。
 登らなければならないのだ。

 結局、楽の剣を足かけにしてまずリーザが上に上がり、そのあとリーザがロープを垂らして、それを楽がシェプシに結び、引き上げ、最後に楽が出ることになった。
 この脱出計画は思ったほどうまくいかず、全員が外に出るまで時間がかかったが、最後には全員が無事、日の光の下に出ることができた。

 辺りを見回す。
 ……一面の砂漠だ。
 砂っぽい空気だったが、なぜか新鮮に感じた。
 ここが何処なのか、さっぱり見当もつかない。
「変なところに出てしまいましたね……」
 楽ががっかりしてそう言うと、リーザが遠くを指さして笑っている。
「ねぇ楽ちゃん、そうでも無いみたいよ?」
 リーザの指の先には……うっすらとだが、町が見える。
「あ……あれは、町……?」
「蜃気楼でなければ、町、だね」
 たちまち、楽の顔が晴れ上がった。

 どうやら、地下の長い通路は西に向かって延びていたらしい。
 随分な回り道だったが、二人は結局のところワジュールに向かっていたのだ。
 あと2日、いや、1日で着くだろうか。

 二人は砂埃の向こうに見える町に向かって歩き出した。

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