ファンタジア

在村楽56

 二人をさがすため、西を目指しながら歩く楽は、二人の手がかりを何も見つけることができないまま、最初の夜を迎えた。
 火を焚き、テントを張る。
 話す相手もいない。
 これといってすることもない。
 時々、弱い風に吹かれて砂が舞った。

 しばらくの間、ぼーっと火を見つめていたが、思い直してゴロンと大の字に寝転がった。
 視界が一転し、目の前に無数の星が現れる。

「師匠……こういうときは、どうしたらいいのでしょう……」
 ぽつりと空に向かって呟く。
 答えが返ってこないことは分かっていたが、どうしても、そんな言葉が出てきてしまうのだった。
 見慣れた青白い月が、あざ笑うかのように淡い光を砂漠に投げかけている。

 ォォォォォーン

 ふと、遠くから何か動物の鳴き声が聞こえてきた。
 最初は狼かとも思ったが、砂漠に狼など聞いたこともない。
 それとも楽が存在を知らないだけで、本当はサンドウルフなるものもいるのかもしれない。
 どちらにしても、動物の遠吠えのようだ。
 風が砂を巻き上げるほんの少しの音しか聞こえない砂漠に、その遠吠えはハッキリと楽の耳まで届いた。
 自分以外にも(それが人であろうとなかろうと)この砂漠に(それも声が聞こえる範囲で)何か(あるいは誰か)がいるのだと思うと、心なしか気持ちが落ち着いてきた。

 火を見ると、だいぶ弱まっている。
 明日も早くに出発する予定の楽は、もう休むことにした。

 

 ――そんな風にして楽が眠りに就こうとしていたとき、同じストレシアの砂漠で、寒さに腹を立てながらも、傍らの動物と眠りに就こうとしている旅人がいた。
 防寒用のローブを身につけてはいるが、砂漠の夜にまだ慣れてはいないのだろう、小刻みに震えている。

 

 同じ夜空の下、そして、同じ砂の大地の上、楽と、そして、もう一人の旅人は、お互いを知りはしないが、同じように眠りに落ち、一日の幕を閉じたのだった。

 

 次の日の朝、楽はぐるりを取り囲まれていた。
 目覚めたときから、それを感じていたが、テント入り口の布ごしに外の様子を伺い、それを確信した。
 何処かで見たことのある一団が楽のテントを囲んでいる。
 お世辞にも人相がいいとは言えない集団。
 手にはカムシーンを持ち、大きな体をこれ見よがしに強調している。
 ……ストレシアの城下で服を刻まれたあの集団だった。
「こんなときに……」
 そう思いながらも、ゆっくりとテントの外に出、まわりの一団に声をかけた。

「何か、ご用ですか?」

 喧嘩を売ったつもりである。
 そして、相手の方もそれに乗ってきた。
 さっきよりも殺気立った空気が流れ始める。

「よぅ、兄ちゃん、久しぶりだなぁ」
 頭と思わしき男が、幾分ドスを利かせて話しかけてきた。
「城下では随分な目に合わせてくれたじゃないか。
 あのあと、兄ちゃんが砂漠に行ったって聞いてよ……。
 砂漠で俺達から逃げようなんて考えないほうがいいぜ。
 この前の借り、きっちり返させてもらうぜ〜。
 おっ、今日はあの大金持った小僧はいないのかい?
 残念だなぁ〜、ついでに大金稼ごうとも思ってたのになぁ〜。
 まぁいい。
 目的はとりあえず兄ちゃんだからな。
 よし、野郎ども、一気にたたんじまえ!!」
 男の声で、まわりが一斉に動き出した。
 その数は10数人であろう。
 次々と楽にカムシーンを振り下ろしかかってきた。

 ズバッ!   バシッ!   キィン!

   バシッ!    キィン!    ズバッ!

 キィン!   ズバッ!

     ズバッ!     バシッ!    ズバッ!

 …………

 勝負はついた。
 あっけないほどに相手は弱い。
 楽の持つ剣は特に長いというわけではないが、一団の持っていたカムシーンよりははるかに間合いがある。
 それを考えもせずに一斉に向かってきた集団は、楽の最小限の立ち回りで次々に地に臥していった。
 そして、指示を出した男だけが残る。
 ぽかんと口を開け、その手は楽を指さしたままである。
「あ……ぁ……あ……」
 言葉にならない声が、開いた口から洩れていた。

「あなたが『頭』ですか?」
 少しずつ近づきながら尋ねると、男は小さく一度だけうなずいた。
「部下の方たちには少し痛い目にあっていただきました。
 夜になれば痛みも引くでしょう。
 これに懲りたら、もう拙者にかかわらないで下さい。
 今、先を急ぐのです」
 男はもう一度、今度は大きくうなずく。
 そして、楽が後ろを向いて歩き出すと、へなへなと砂の上に崩れ落ちる。
 楽はその男には目もとめず、テントをしまい、出発の準備を整えた。

 そして歩き出す。
 と、思いついたことがあった。
 城下での騒動の際、この集団は蜘蛛の子を散らすように逃げた。
 それに、何人かは顔が蒼白になって、楽とは違う所を見ていた。
 もしかしたら、自分たちの服を刻んだ本当の人物を知っているのかもしれない。
 聞いてみよう、集団の頭ならきっと知っているはずだ。

「あの……」
 楽が振り返ると、ピクッと男が痙攣した。
「あ、いえ、もう何もしませんから……ただちょっと、お聞きしたいことがあって……」
「お、俺は何も知らない!
 おまえがジェントの知り合いだなんて知らなかったんだ!
 許してくれ!
 もうおまえには構わないよ!
 金輪際近づかない! 約束する! だから、見逃してくれ!」
 そう言うと、へたり込んでいた男は弾かれたように立ち上がり、倒れている部下を見捨ててものすごいスピードで東の方へ逃げていった。

「……ジェント……? ……拙者があのジェントと知り合い……?」
 不思議なことだらけだった。
 男の姿はもう見えない。
 あたりに散らばって倒れている者を起こして聞いてみようかとも思ったが、頭があの調子なら、その部下も……と思い、そのまま西に向きを変えた。
 だが、一つだけ分かったことがある。
 それは、城下であの集団の服を切り裂いた剣の主がジェントであるということ。
 捜していた達人にかなり近いところまで接近していたのだ。
 ジェント……こんなにすぐ近くにいた……まだいるかもしれない、この砂漠に……。

 そんな期待を抱きながらも、楽は西への一歩を踏み出す。

 砂漠の一日がまた始まった。

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