ザッ、ザッ、ザッ、ザッ、ザッ……
砂漠を歩く旅人……
……砂嵐を見越して、嵐が収まるのを待って動き出す。
砂漠を歩く旅人……片目には眼帯……
……腰には一振りの剣……不思議な紋様が刻まれた鞘だ……
しなやかにのびた手足……鍛え上げられた体……
嵐などなかったかのように静まり返った砂漠を進む。
片腕に、ぐったりとした少年を軽々と抱えて……。
その少年の腕の中には一羽の鳥……。
……エルファとシェーナであった。
旅人は進む……砂漠西端の町、ワジュールに向かって……。
「うっ……」
楽はやっとの事で目を開けることができた。
「ここ……は……」
辺りの様子は一変していた。
強い砂嵐が地形を丸ごと変化させたのだった。
嵐の前に存在した凹凸のある砂の斜面は見る影もなく、よく見渡せる平坦な砂の地面が遠くまで続いている。
「……そうだ……砂嵐が来て……そして……! ヘスティアさん!! エルファさん!!」
楽は声を限りにして二人の名前を何度も叫ぶ。
……しかし、返事は聞こえない。
無情にも、楽は砂漠に一人取り残された。
この砂の大地に……。
右も左も延々と続く砂しか見えぬこの砂漠に……。
二人もきっと、砂漠のどこかで……
……早く見つけなければ!
しかし、一体どこを?
魔法が使えるわけでもない。
二人の居場所が分かるわけでもない。
むやみに歩き回ったらそれこそ一貫の終わりだ。
幸い、水だけはある。
二人も腰にくくりつけた水袋だけはなんとか無事だろう。
しっかりと楽自身が結びつけた水袋だ。
あの砂嵐でもその結び目がとけることはないはずだ。
それだけが、救いかもしれない。
楽は考える。
目を閉じて、必要な事を思い出す……
ゆっくりと、ゆっくりと、鮮明に……
砂嵐の来た時のことを、そして、風の様子を……。
嵐は突然やって来た。
いや、徐々に風が強くなっていったのか……。
それは嵐の前触れ……風は確か……東から西に流れていた。
エルファはシェーナと共に少し北に向かって行った……
ヘスティアは……楽とこの場にいた……さっきまでは……
人を吹き飛ばす程の強風……
地面を見る。
風の紋がくっきりと西に向かって続いていた。
この風紋の先にはきっと何かが……。
楽は西に向かって歩き出した。
砂嵐のくる前と目指す方角は同じだが、目的は違う。
風の凪いだ砂漠を楽は一人歩く。
飛ばされた二人を見つけるため、西に向かって……。
「……お…い……。お・い…おい! 嬢ちゃん、大丈夫か?」
頬を叩かれながら、うっすらと意識が戻ってきた。
目の前に中年の男がいる。
「おい、大丈夫か?」
その男がもう一度喋った。
朦朧とする意識の中、微かに動かすことのできる手で辺りをさぐる。
「…………」
柔らかなシーツの感触だ……懐かしい……
……!!
シーツ?
一気に目が覚めた。
そして、改めて気付く。
ここが砂漠でないことに。
目の前にいる中年の男が全く知らない赤の他人であることに。
「ちょっと! ここどこよ!!」
ヘスティアは驚きからか、ヒステリックな声をあげた。
「おいおい、待てよ。
俺は嬢ちゃんを助けてやったんだぜ。
こういう時は、まず感謝ってもんだろが」
男がなだめるように言った。
「何言ってるの!
私は砂漠にいたのよ?
いきなり、助けたら礼を言え、って言われたって、訳が分からないわ!!」
ヘスティアはまだ少し混乱していた。
「そ、そうだな。俺も少し悪かった。
……それじゃぁ、まずは落ち着け。でないと、話もできない」
そう言って男は青色の木の実を袋から取りだし、無理矢理ヘスティアの口に、それもたっぷりと詰め込んだ。
そして両の手で口を塞ぐ。
「噛め。そうすれば落ち着く」
男はヘスティアの口を押さえつけながらそう言った。
ヘスティアの方は抵抗しようと暴れたが、その弾みで顎が上下する。
「!!!」
苦みが全身を駆け抜けた。
ヘスティアを押さえつけていたその男は、ヘスティアの顔が苦さに歪んだのを見て取ると、やっと手を放した。
「これ、アスリースの森から仕入れたユバキの実。味の方はどうだい?」
にやにや笑いながらヘスティアにそう訊ねる。
「最低よ」
一言、ヘスティアはそう言ったが、赤茶色の瞳に、もう混乱の色は見えない。
「そうか……でも、ずいぶん落ち着いたんじゃないか?」
男の言葉通り、ヘスティアは平常心を取り戻していた。
ヘスティアは砂漠で旅の途中、砂嵐に巻き込まれたことなどを話し、ここが何処なのか、何故ここにいるのか、連れはどうしたかなどを訊ねた。
すると男は答えた。
「順番に答えるとしようか。
え〜っと、まず、ここはストレシアのワジュールだ」
「えっ! ワジュール? 闇市の?」
男が答えると、間髪入れずにヘスティアが聞き返す。
「そ、そうだ。もうすぐ闇市が開かれる、砂漠西端の町・ワジュールさ。
……ともかく、話を最後まで聞けよ」
男はそう言って話を続けた。
「それで、嬢ちゃんがここにいる理由は、さっきも言ったように、俺が助けたから。
というか、砂嵐のあとには色々と面白いものが落ちてるんで、それを探しに砂漠に出たら、嬢ちゃんが見つかったってわけさ。
あのままにしとくのも寝覚めが悪いんでね、俺の店まで運んできたのさ。
おっと、言い忘れてた。
俺の名前はブルムンクス。
今はこのワジュールで小さな店をやってるが、そのうちビックな店にしてみせるぜ。
勿論、闇市にも出店の予定だ。
今回は気合い入れて、スゴイ物そろえたんだぜ!」
嬉しそうに、ブルムンクスと名乗った男はそう言った。
そして、ヘスティアに名を訊く。
「嬢ちゃんはなんて名前だ?」
「私は……私はヘスティアよ。ヘスティア=レイシア。
楽とエスファと一緒に旅をしていたのに……砂嵐でこんな事になるなんて……」
不安を紛らわすためか、ヘスティアは両の腕輪に触れる。
腕輪はひんやりと、その存在をヘスティアに伝えた。
「今、『楽』って言ったか?」
突然、思っても見なかった所でブルムンクスが口を開いた。
「え……言ったわよ、『楽』って。私の旅仲間。
まだ日は浅いけど、一緒に旅をしていたの……砂嵐が来るまで……」
不思議そうにヘスティアが答えると、ブルムンクスは笑い出した。
「そうか、そうかぁ。
あの坊主も旅をするようになったんだな……。
あんなに小さかった坊主がねぇ……」
ますます不思議そうな顔つきになってヘスティアが訊ねる。
「楽のことを知ってるの?」
「まぁな。知ってると言えば知ってるし、知らないと言えば、知らない。
昔、行商の途中で会ったんだよ。あの時は小さな坊主でしかなかったのに。
時の流れは速いねぇ……」
ブルムンクスは昔のことを思い出しているようだった。
いつの間にか、遠い所を見ている。
ドン、ドン!
しかし、その回想は力強いノックの音で短い終わりを告げた。
「あっ、はいよ! 今開ける!」
急いでドアに向かっていった。
バタン
ドアが開けられ、ノックの主が店内に招き入れられた。
鋭い眼差しで店内を見渡し、ヘスティアに目を留める。
「あの子は?」
ブルムンクスは客の目線を追ってヘスティアに辿り着く。
「あぁ、嬢ちゃんか。
今日、砂漠で倒れてるところを見つけたんです」
何故かブルムンクスの口調は丁寧になっている。
相当の客か、常連か。
薄暗がりでヘスティアの位置からはよく見えない。
片腕に何か大きな物を抱えているようだから、この店に何かを売りに来たのかもしれない……
そう思いながら、ブルムンクスと客との会話に耳を澄ます。
「奇遇だな。私も今日、砂漠で拾い物をした。
まだ気絶しているが、子供だ。
ストレシアの城で見かけた子供だったから、拾ってきた。
あのベットで休ませてやれ」
そう客はぶっきらぼうに言った。
「あっ、どうぞ、どうぞ。
ジェントさんの頼みとあっては断るわけにはいきませんよ」
そう言ってブルムンクスはヘスティアの元にやってきた。
「すまねぇ、嬢ちゃん。ちょっとどいてくれるか?」
ヘスティアの方は混乱もとけ、体調も随分よくなっていたので、今運ばれてくる子供にベットを明け渡す気でいた。
なにしろ、自分と同じように砂漠で倒れていたという、それも子供だ。
何となく親近感が湧くではないか。
ヘスティアはベットから降りて、反対側の壁に寄りかかる。
そして、ジェントと呼ばれた来訪者に抱えられた子供を見た。
エメラルドグリーンの見慣れたマント、
そして、腕にはよく知った鳥を抱えている。
……エルファだった。