ファンタジア

在村楽55

 ザッ、ザッ、ザッ、ザッ、ザッ……

 砂漠を歩く旅人……

 ……砂嵐を見越して、嵐が収まるのを待って動き出す。

 砂漠を歩く旅人……片目には眼帯……

 ……腰には一振りの剣……不思議な紋様が刻まれた鞘だ……

 しなやかにのびた手足……鍛え上げられた体……

 嵐などなかったかのように静まり返った砂漠を進む。

 片腕に、ぐったりとした少年を軽々と抱えて……。

 その少年の腕の中には一羽の鳥……。

 ……エルファとシェーナであった。

 旅人は進む……砂漠西端の町、ワジュールに向かって……。

 

「うっ……」
 楽はやっとの事で目を開けることができた。
「ここ……は……」
 辺りの様子は一変していた。
 強い砂嵐が地形を丸ごと変化させたのだった。
 嵐の前に存在した凹凸のある砂の斜面は見る影もなく、よく見渡せる平坦な砂の地面が遠くまで続いている。
「……そうだ……砂嵐が来て……そして……! ヘスティアさん!! エルファさん!!」
 楽は声を限りにして二人の名前を何度も叫ぶ。

 ……しかし、返事は聞こえない。
 無情にも、楽は砂漠に一人取り残された。
 この砂の大地に……。
 右も左も延々と続く砂しか見えぬこの砂漠に……。

 二人もきっと、砂漠のどこかで……
 ……早く見つけなければ!
 しかし、一体どこを?
 魔法が使えるわけでもない。
 二人の居場所が分かるわけでもない。
 むやみに歩き回ったらそれこそ一貫の終わりだ。
 幸い、水だけはある。
 二人も腰にくくりつけた水袋だけはなんとか無事だろう。
 しっかりと楽自身が結びつけた水袋だ。
 あの砂嵐でもその結び目がとけることはないはずだ。
 それだけが、救いかもしれない。

 楽は考える。
 目を閉じて、必要な事を思い出す……
 ゆっくりと、ゆっくりと、鮮明に……
 砂嵐の来た時のことを、そして、風の様子を……。

 嵐は突然やって来た。
 いや、徐々に風が強くなっていったのか……。
 それは嵐の前触れ……風は確か……東から西に流れていた。
 エルファはシェーナと共に少し北に向かって行った……
 ヘスティアは……楽とこの場にいた……さっきまでは……
 人を吹き飛ばす程の強風……

 地面を見る。
 風の紋がくっきりと西に向かって続いていた。

 この風紋の先にはきっと何かが……。

 楽は西に向かって歩き出した。
 砂嵐のくる前と目指す方角は同じだが、目的は違う。

 風の凪いだ砂漠を楽は一人歩く。
 飛ばされた二人を見つけるため、西に向かって……。

 

「……お…い……。お・い…おい! 嬢ちゃん、大丈夫か?」
 頬を叩かれながら、うっすらと意識が戻ってきた。
 目の前に中年の男がいる。
「おい、大丈夫か?」
 その男がもう一度喋った。
 朦朧とする意識の中、微かに動かすことのできる手で辺りをさぐる。
「…………」
 柔らかなシーツの感触だ……懐かしい……

 ……!!
 シーツ?

 一気に目が覚めた。
 そして、改めて気付く。
 ここが砂漠でないことに。
 目の前にいる中年の男が全く知らない赤の他人であることに。

「ちょっと! ここどこよ!!」
 ヘスティアは驚きからか、ヒステリックな声をあげた。
「おいおい、待てよ。
 俺は嬢ちゃんを助けてやったんだぜ。
 こういう時は、まず感謝ってもんだろが」
 男がなだめるように言った。
「何言ってるの!
 私は砂漠にいたのよ?
 いきなり、助けたら礼を言え、って言われたって、訳が分からないわ!!」
 ヘスティアはまだ少し混乱していた。
「そ、そうだな。俺も少し悪かった。
 ……それじゃぁ、まずは落ち着け。でないと、話もできない」
 そう言って男は青色の木の実を袋から取りだし、無理矢理ヘスティアの口に、それもたっぷりと詰め込んだ。
 そして両の手で口を塞ぐ。
「噛め。そうすれば落ち着く」
 男はヘスティアの口を押さえつけながらそう言った。
 ヘスティアの方は抵抗しようと暴れたが、その弾みで顎が上下する。
「!!!」
 苦みが全身を駆け抜けた。

 ヘスティアを押さえつけていたその男は、ヘスティアの顔が苦さに歪んだのを見て取ると、やっと手を放した。
「これ、アスリースの森から仕入れたユバキの実。味の方はどうだい?」
 にやにや笑いながらヘスティアにそう訊ねる。

「最低よ」
 一言、ヘスティアはそう言ったが、赤茶色の瞳に、もう混乱の色は見えない。
「そうか……でも、ずいぶん落ち着いたんじゃないか?」
 男の言葉通り、ヘスティアは平常心を取り戻していた。

 ヘスティアは砂漠で旅の途中、砂嵐に巻き込まれたことなどを話し、ここが何処なのか、何故ここにいるのか、連れはどうしたかなどを訊ねた。
 すると男は答えた。
「順番に答えるとしようか。
 え〜っと、まず、ここはストレシアのワジュールだ」
「えっ! ワジュール? 闇市の?」
 男が答えると、間髪入れずにヘスティアが聞き返す。
「そ、そうだ。もうすぐ闇市が開かれる、砂漠西端の町・ワジュールさ。
 ……ともかく、話を最後まで聞けよ」
 男はそう言って話を続けた。
「それで、嬢ちゃんがここにいる理由は、さっきも言ったように、俺が助けたから。
 というか、砂嵐のあとには色々と面白いものが落ちてるんで、それを探しに砂漠に出たら、嬢ちゃんが見つかったってわけさ。
 あのままにしとくのも寝覚めが悪いんでね、俺の店まで運んできたのさ。
 おっと、言い忘れてた。
 俺の名前はブルムンクス。
 今はこのワジュールで小さな店をやってるが、そのうちビックな店にしてみせるぜ。
 勿論、闇市にも出店の予定だ。
 今回は気合い入れて、スゴイ物そろえたんだぜ!」
 嬉しそうに、ブルムンクスと名乗った男はそう言った。
 そして、ヘスティアに名を訊く。
「嬢ちゃんはなんて名前だ?」

「私は……私はヘスティアよ。ヘスティア=レイシア。
楽とエスファと一緒に旅をしていたのに……砂嵐でこんな事になるなんて……」
 不安を紛らわすためか、ヘスティアは両の腕輪に触れる。
 腕輪はひんやりと、その存在をヘスティアに伝えた。

「今、『楽』って言ったか?」
 突然、思っても見なかった所でブルムンクスが口を開いた。
「え……言ったわよ、『楽』って。私の旅仲間。
 まだ日は浅いけど、一緒に旅をしていたの……砂嵐が来るまで……」
 不思議そうにヘスティアが答えると、ブルムンクスは笑い出した。
「そうか、そうかぁ。
 あの坊主も旅をするようになったんだな……。
 あんなに小さかった坊主がねぇ……」
 ますます不思議そうな顔つきになってヘスティアが訊ねる。
「楽のことを知ってるの?」
「まぁな。知ってると言えば知ってるし、知らないと言えば、知らない。
 昔、行商の途中で会ったんだよ。あの時は小さな坊主でしかなかったのに。
 時の流れは速いねぇ……」
 ブルムンクスは昔のことを思い出しているようだった。
 いつの間にか、遠い所を見ている。

 ドン、ドン!

 しかし、その回想は力強いノックの音で短い終わりを告げた。
「あっ、はいよ! 今開ける!」
 急いでドアに向かっていった。

 バタン

 ドアが開けられ、ノックの主が店内に招き入れられた。
 鋭い眼差しで店内を見渡し、ヘスティアに目を留める。
「あの子は?」
 ブルムンクスは客の目線を追ってヘスティアに辿り着く。
「あぁ、嬢ちゃんか。
 今日、砂漠で倒れてるところを見つけたんです」
 何故かブルムンクスの口調は丁寧になっている。
 相当の客か、常連か。
 薄暗がりでヘスティアの位置からはよく見えない。
 片腕に何か大きな物を抱えているようだから、この店に何かを売りに来たのかもしれない……
 そう思いながら、ブルムンクスと客との会話に耳を澄ます。
「奇遇だな。私も今日、砂漠で拾い物をした。
 まだ気絶しているが、子供だ。
 ストレシアの城で見かけた子供だったから、拾ってきた。
 あのベットで休ませてやれ」
 そう客はぶっきらぼうに言った。
「あっ、どうぞ、どうぞ。
 ジェントさんの頼みとあっては断るわけにはいきませんよ」
 そう言ってブルムンクスはヘスティアの元にやってきた。
「すまねぇ、嬢ちゃん。ちょっとどいてくれるか?」
 ヘスティアの方は混乱もとけ、体調も随分よくなっていたので、今運ばれてくる子供にベットを明け渡す気でいた。
 なにしろ、自分と同じように砂漠で倒れていたという、それも子供だ。
 何となく親近感が湧くではないか。

 ヘスティアはベットから降りて、反対側の壁に寄りかかる。
 そして、ジェントと呼ばれた来訪者に抱えられた子供を見た。
 エメラルドグリーンの見慣れたマント、
 そして、腕にはよく知った鳥を抱えている。

 ……エルファだった。

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