最後のオアシスを出てからもう5日が経とうとしていた。
相も変わらず日射しは強く、3人の体力をどんどん削ってゆく。
そこで唯一元気なのはシェーナ。
穏やかに吹く風に乗って、気持ちよさそうに3人の頭上を回っている。
「いいわねぇ……シェーナは……」
羨ましそうに空を見つめるヘスティア。
オアシスを出てからというもの、時々エルファも羽を伸ばすようになった。
シェーナが気持ちよさそうに飛んでいるのを見ると、背中がむずむずするのだそうで、今までは隠していた翼を大きく広げる。
しかし、まだ飛び慣れていないのか、少しの間空中を遊泳するとすぐに降りてきてしまう。
「僕もまだまだシェーナと一緒には飛び回れないなぁ……」
そんな風にぽつりとつぶやくのだった。
楽は相変わらずで、瀞からもらった地図を頼りに先頭を進んでる。
幾分古い地図だが、無いよりは随分いい。
自分たちが通ったルートを地図に書き込みながら、だいたいの進路を掴んでいた。
地図によると、もうかなり近いところまで来ている。
今まで歩いてきた記録からいうと、あと5日くらいで目的地のワジュールが見えてくるはずだ。
闇市の開催があと10日後だから、十分間に合う。
「よし、あと少し……」
そう思って地図をたたもうとした時、ふと、地図に書き込まれた小さな印に気が付いた。
ワジュールと今の現在地との間に何やら小さな×印がしてある。
インクの変色からして、瀞が旅の途中で書き込んだものと思われるが、その×印の横に書いてある字はかすれていて読めなかった。
「これは……?」
楽はヘスティアとエルファを呼び、地図を掲げてその印を指で指し示した。
「この印、何だと思いますか?」
エルファとヘスティアが顔をくっつきあわせるようにして、地図に書かれた小さな×印をのぞき込む。
「う〜ん……僕は知らない……そんなところに何かあったかなぁ……あっ、もしかしたら、オアシスかも!」
エルファが嬉しそうに言う。
「オアシスなんかじゃなく、盗賊団のアジトかもしれないわよ!」
少し面白がるようにして、ヘスティアがエルファに言った。
「や、やめてよ。もう盗賊に捕まるのはこりごりだよ」
「ごめんごめん、冗談よ、冗談。
私もその場所に何かあるかどうかは分からないわ。
ただ、町でないことは確かよ。そんなところに町はないもの」
ヘスティアが答える。
「……そうですか……これは世界を旅していた瀞さんの地図……きっと何かあるはず……。
これからは少し気を付けながら進みましょう」
そう言って、楽は地図をたたんだ。
そしてまた歩き出す。
日が沈み、また気温が下がりだした。
もう慣れっこになったが、3人は荷物からテントを引っぱり出して組み立て、火をおこして暖をとった。
今日は星がよく見える。
そして、青い月がひときわ大きく輝いている。
簡単な食事を終えると楽は火の番をしようと寝具をテントから引っぱり出してきたが、「もう少し月を見たいから……」そう言って、火の番をヘスティアが申し出た。
楽は何か言いたそうな顔でヘスティアを見ていたが、ぼうっと空の一点を見つめるヘスティアに呑まれてしまった。
「……それでは、宜しくお願いします。何かあったらすぐに呼んで下さいね」
そう言ってヘスティアに寝具を渡すと、テントへ戻った。
テントに戻ると、ちょうどエルファが書き物をしている所で、片手にペンを持ち、何か悩んでいるようであった。
「どうしました?」
そう聞くと、
「えっ、別に」
と言って慌ててそれを閉じた。
が、そこで慌てたのが災いし、今書いていた物がはらりと下に落ちる。
「あっ」
急いでエルファはそれを拾うが、楽に見られてしまった。
バツが悪そうに観念して答える。
「これはね、……見ての通り『歌』さ。
この前、オアシスで飛んだ時、今までにない気分を味わうことができたんだ。
その気分を歌にできないかと思って書いていたんだけど、あの気分は飛んでいるときにしか分からなくて、こうやって地上にいると、その感覚すら分からなくなっちゃうんだ。
それで……今悩んでいたわけ」
エルファは恥ずかしそうに下を向いてしまった。
「……そうですか、空を飛んでいるときの歌を……。
そうだ! 明日は空中を遊泳しながら書いてみてはどうですか?
少し難しいかもしれませんが、その気分を味わいながら作れば、歌も完成に近づくのでは?」
楽の奇妙な提案に、以外にもエルファは乗り気のようだった。
「あっ、そうだね、そうしよう!
そうだよ、空を飛びながら書けばいいんだ。
そのままの気持ちを書ければ……うん、うん、いい歌ができそうだよ!
よし、そうと決まったら、今日はもう寝るよ。
明日のために、体力を蓄えておかなくちゃ。
飛ぶのって結構疲れるから……それじゃ、おやすみ」
そう言ってエルファは毛布にくるまって寝てしまった。
そして、楽も隣に横になる。
盗賊の一件以来、すぐに外に出てゆけるよう、万端の準備を整えて眠るようにしていた。
修行中に学んだ「浅眠りの法」がこんな時に役に立つ。
そして、こちらは外のヘスティア。
先程の場所から少しも動かずにじっと空を見上げている。
「きれいねぇ……どうして月の色って変わるのかしら。
ねぇ、シェーナ、知ってる?」
「知らない。でも、青い月があんなに輝くなんて少し変よ」
「そういえばそうね。
いつもはぼんやりと青白く光るのに、今日は輝きがいつもの倍くらいある……。
でも、きれいでいいじゃない」
「それは、そうなんだけどね……でも……やっぱり何か変……。
体で感じるの。『何か変だ』って」
「私は何も感じないけど……」
「そう……ならいいの。私の思い違いかもしれないしね……」
「……変なの。どうしたの、シェーナ?」
「ううん、何でもない。さっ、私達もそろそろ休んだ方がよさそうよ。
明日も一日歩くことになるんだから。
私は空を飛べるけど、あなたはずっと歩くのよ」
「そうだね。あ〜あ、いいなぁ、シェーナは……」
渋々ヘスティアは寝る支度を整えた。
こうして夜は更け、次の日の朝がやってきた。
いつになく太陽の光が強く、
朝だというのに少し歩くと汗が吹き出てくるくらいだった。
3人は歩き続け、シェーナは相変わらず空を飛んでいた。
太陽が南中し、昼食を取るために休憩の支度をしているとき、エルファがヘスティアの所にやってきた。
「ねぇ、ヘスティア。少しの間、シェーナを僕に貸してくれない?
一緒に飛ぶんだ! それで……」
「それで?」
ヘスティアが聞き返すと、前言を撤回するようにエルファは頭を左右に振った。
「ううん、何でもないんだ。とにかく、シェーナと飛びたい」
ヘスティアは少しの間考えたが、特に断る理由もないのでシェーナにその旨を伝え、エルファにまた向き直る。
「……別にいいわよ。
でも、飛ぶのって疲れるんでしょう? ほどほどにね」
そう言って肩に乗っていたシェーナがエルファの肩に移った。
「あ、ありがとう。それじゃぁ、僕ちょっと出かけてくるね」
片手にペン、そして、もう片方の手にはノートの切れ端を持ってエルファは楽しそうに走っていった。
「……なんなのかしら」
不思議そうな顔をして楽の方に移動した。
エルファはもう昼食を取ったあとのようで、急いで食べたと思われる形跡が所々に残されていた。
ヘスティアに気付くと、楽が言った。
「あっ、ヘスティアさん。お昼にしましょう。
エルファさんは用があると言ってもう食べてしまいましたが」
その顔は何故かにこやかだ。
促され、ヘスティアも昼食を取った。
しばらくすると、ヘスティアの銀の髪が風になびき始めた。
「風……久しぶりですね」
「ホント、気持ちいい……」
しかし、そんなことを言っている場合ではなくなった。
その風はどんどん強くなる一方で、すぐに砂混じりになってきた。
そして、立っていられないほどの強風に変わり始める。
「な……なにこれ……こんな風、初めて……」
「砂嵐……そうだ、瀞さんの地図のバツ印はこのことだったんだ!
エルファさんが……エルファさんが危ない!
空を飛んでいたらすぐに吹き飛ばされてしまう!」
「シェーナも、シェーナも一緒にいるわ! あぁ、どうしよう」
砂嵐ははますますその勢いを増し、もう前も後ろも見えないくらいになった。