図書館の中の時間が一瞬止まったようだった。
二人の他には誰もいない図書館で無言の時が流れる。
ゆっくりと、だが確実に……。
動く物は何一つ無い。
西日が窓から射し込み、館内を赤く照らす。
遠くで鐘の音が聞こえた。
城を出なければならない時間だ。
その音をきっかけに、二人の間に時間の流れが戻った。
「あの、えっと、これは……その……」
エルファは楽の視線をそらさないで、ゆっくりとしゃがみ込んだ。
そしてコバルトグリーンのマントを拾う。
「……僕は……」
エルファはそう言ってギュッと目を閉じた。
「有翼人なんだ。見ての通り、羽がある」
立ち上がり、閉じていた白い翼を開いて羽ばたいて見せた。
音もなく、微かな風が起こる。
その顔はどこか悲しそうだ。
「エルファさん……綺麗な翼ですね」
しばらくの沈黙の後、楽が言った。
エルファはうなだれていた頭を上げ、驚きの表情で楽を見上げる。
「え?」
「ですから、綺麗な翼ですね、と。
拙者、小さい頃に父を訪ねてきた有翼人の方の翼を見たことがあるのですが、その方とは違って、エルファさんの翼は真っ白なんですね」
エルファはぽかんとして楽を見ていたが、急に気を取り戻してまくしたてた。
「な、何を言ってるの?
僕、有翼人なんだよ! 驚かないの?
ほら、羽がある! 楽には無いでしょ? 飛ぶことだってできるんだよ!」
そう言って、また翼をばたつかせ、今度は少し宙に浮いて見せた。
「……すみません、実は知っていたんです。
と言っても、知ったのは昨日ですが……。
偶然エルファさんの独り言を聞いてしまったんです。
『有翼人って不利だな』というところを……。
何故かそれを隠したがっているようでしたので、エルファさんの方から言ってくれるまで黙っていようと思って……」
「し、知ってたの……」
「はい」
楽はうなずく。
「拙者、さっきお話しした有翼人の方を見たとき、なんて羨ましいんだろう、と思いました。
自分で空を飛ぶことができるんですよ。
その方は女性なのですが、ものすごく強いのだと父から聞きました。
有翼人は一貫して高い戦闘能力と、遠くまで見渡せる目を持っているとも。
エルファさんが砂漠でオアシスを見つけられたのもそのせいだったんですね。
おかげで、あのまま砂漠でひからびずに済みました。
エルファさんが一緒でなかったら、今頃どうなっていたのか……
もしかしたら、城に辿り着くことさえできずに水を求めてさまよい続けていたかもしれませんね」
その時、バタンと図書館のドアが開く音がした。
「もう閉館の時間です。
すみやかにこの図書室から、そして城から出て下さい」
見回りの警護兵が面倒くさそうにそう言って、またドアを閉めた。
「……そろそろ出ましょうか。
拙者も先程騎士団の駐屯所で必要な情報は得ることができました。
エルファさんの方はここで何か見つけることができましたか?」
急に振られた質問にエルファは戸惑ったが、
「うん、まぁ」
とだけ答えておいた。
二人は図書館を出て城の廊下を入り口に向かって歩き始めた。
今まで城の中にいた旅人達が一斉に入り口に向かい、廊下には一つの流れができていた。
その流れに乗る二人。
入り口まで戻ってきたとき、楽はエルファにこう言った。
「エルファさんが有翼人であろうとなかろうと、エルファさんはエルファさんです。
透き通った歌声を持ったバード、エルファ。
それだけでいいのではありませんか?」
二人が城の外に出たとき、もう陽は沈んでおり、砂漠から来る風はひんやりと冷たくなっていた。