ファンタジア

在村楽40

「誰だっ! 師匠を放せ!!」
 月の隠れた薄暗がり、おまけに爆発の煙で、辺りの視界は悪かった。
 しかし、ジュウマは獣人の勘でその男に飛び掛かる。
 が、ザブルを抱えているにもかかわらず、男の動きは速い。
 顔面を狙ったジュウマの爪を逃れて後ろに飛び退いた。
「くそっ!! 逃げるな!」
 爪を避けられ、体勢を崩したジュウマが男をにらみつけて怒鳴る。
 その声を聞いたのか、それともまだ何か目的があるのか、男は逃げる素振りさえ見せずに煙の中に立っていた。

 再度飛び掛かろうとするジュウマを楽が引き留める。
「待って下さい、ジュウマさん!
 この煙では、あの男の動きを目で捕らえることは出来ません。
 闇雲に飛び掛かっても相手は逃げてしまいます。
 どうやら、あちらからはこちらの動きがハッキリと見えているようなのです。
 何故かはわかりませんが……。
 なかなか消えないこの煙も何かの魔法なのかもしれません。
 拙者が……拙者がやってみます。
 森での修行の成果を見ていて下さい……」
 そう言って、ジュウマを押しとどめた楽は腰の剣を抜いた。
 煙の向こうの敵と真っ正面から対峙する。
 ……男の眉間が光った。

 デントはひそかに詠唱を行っていた。
 風の妖精・ウィンドフェアリーを呼ぶため……この煙を晴らすために。
「召喚術師の役割、それは攻撃補助」
 森での修行中にザブルがデントにそう言った。
「詠唱を行っている間に敵と戦うのは前衛の剣士達なのです。
 決して後衛の私達ではありません。
 私達召喚術師は、敵と対峙したときに素早く周りの状況をつかむ。
 そして、少しでもこちらが有利になるよう、出来る限りのことをする。
 戦況がこちらに有利に傾いてきた時、その時が初めて攻撃系の召喚獣を呼ぶ時なのです。
 圧倒的な力で敵の最期を締め括る……わかりましたか?」
 ザブルはデントにそう訊いた。
 デントは何となくよくわからなかったが、その時はうなずいておいた。
 だが、今ならその事がよくわかる。
 今、デントに出来ること、それはこの煙を晴らすこと。
 楽やジュウマが戦いやすいような場を作ることだ。
 だからデントは詠唱を始めていた。
 テントから飛び出て、煙の向こうに黒ずくめの男を認めた瞬間から……。

 楽が男に向かっていったのは、デントの詠唱が終わる少し前だった。
 ものすごいスピードで男の眉間に突きを入れ、そのまま覆面を斬る。
 男の顔を覆っていた黒い布がはらりと下に落ち、それと同時に、強い一撃が楽の腹に入れられた。
「うっ……」
 ねじり込まれるようなその一撃に、楽は崩れ落ちた。

「ウィンドフェアリー!!」
 デントの声と共に、風の妖精が召喚された。
 何もない空間から突然現れたその妖精は、小さな羽をはばたかせて驚くほどの風を巻き起こした。
 辺りに立ちこめていた煙が嘘のように流されてゆく。

 最初に見えたのは砂の上に倒れている楽だった。
 そして、体勢を崩さずに立っている男……その顔にはまだ覆面があった。
 敵の姿をハッキリと捕らえたジュウマが再度飛び掛かる。
 今度は外さない。
 相手の顔面を切り裂いた。
 地面に落ちる黒い覆面。
 だが、男の顔はなおも黒い布で覆われていた。
「?!!」
 驚き、飛び退くのが一瞬遅れる。
 男にはその一瞬で十分だった。
 拳を突き上げ、ジュウマを地に伏せる。
 そして、男はゆっくりとデントに向かって歩き出した。
 ザブルを片手で抱えているというのに、目にもとまらぬ速さで楽とジュウマを倒し、今、デントをその視野に入れた。

「な、なんだよ……なんなんだよ、おまえ……」
 今から攻撃系の召喚をしていたのでは間に合わない。
 かといって、この場から逃げ去ることなど出来るはずもない。
 男とデントとの間合いはじりじり詰まっていく。

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