「そろそろアレが始まるな……よし、兄ちゃんそこの酒場で俺がなんかおごってやるよ。」
いきなりそう切り出したデントはスタスタと古ぼけた酒場に入っていった。
仕方なく楽は「パブ・ガイア」と書かれたこれまた古ぼけた門をくぐりデントを追って酒場の中へ入っていった。
中に入ると、デントはカウンターに座って早々と酒を飲み始めていた。
驚いたことに店は満員で、昼間のスピードを忘れたかのようにほとんどの客が仲良くゆっくり楽しそうに酒を飲んでいた。
しかしここでも店の売り子はせわしなく動き回っており、顔は笑っているものの、どことなく疲れているようだった。
「よう、来たか兄ちゃん!」
そう大声で言うと、デントは持っていた酒瓶で隣の椅子を指し示し、「ここに座れ」というようなジェスチャーをして見せた。
たくさんの客が一斉に喋るこのような酒場では言葉よりもジェスチャーのほうが相手に伝わりやすいのだという。
席に着いた楽は売り子を呼び止めジールを一つ注文した。
魔力国家のアスリースでは魔源ともよばれているこのジールはこの大陸何処に行ってもある味の良い飲み物で、魔力のある者には魔力回復として日常的に用いられ、そうでない者には喉を潤す飲み物として親しまれている。
一気にそれを飲み干したところで、気になっていたことを聞いてみた。
「さっき言っていた“アレ”って何ですか?」
「ああ、アレか……。
アレっていうのはレッドドラゴンフライのことなんだ」
「拙者はこのテーヴァにずっといましたが、そんな物は聞いたことも無いです」
「そりゃそうだ。俺だってこの酒場町に入って初めて知ったよ。
いやぁ〜、最初の夜はおそろしかったぁ〜」
「俺が何も知らずに外で野宿しようとしてたら、関所の方からいきなり奴らがやって来たんだよ……大群で……一匹の大きさが手のひらサイズだから、そりゃすごいもんよ。
アッという間に奴らはこの町を覆っていった。
何かを求めて奴らは毎夜大群でここまでやってくるんだ」
「毎夜町を覆う?それじゃぁここも危険なんじゃないですか」
「それがな、このあたりの酒場の入り口には必ず“お守り”があって、それを嫌う奴らはそのお守りを見て素通りしていくのさ。
勿論、そのお守りっていうのが関所を通るための通行証さ。
クラリアットには腐るほどあるが、この国ではなかなか手に入らないんだ。
なんたって、ヴァルキリーの羽だからな……」
「通行証が“羽”……?」
「ほら、ヴァルキリーの兜とかによく付いてるあの羽だよ。
長いこと前線で戦ってたヴァルキリーの装身具には退魔の効果が宿るんだ。
だから、それを持っている者にドラゴンフライは近づけないんだ」
「ならば羽を捜しましょう。どこかで売ってはいないのですか」
「そりゃ勿論売ってるさ。目玉の飛び出るような高額でな。
だからこうして困ってるんじゃないか。
あぁ、俺の船が座礁しなかったらこんなことにはならなかったのに・・・」
酒が回り始めたのか、デントは愚痴をこぼし始め、しまいには他の客に喧嘩をふっかけて店を混乱におとしいれていった。