その日の深夜、ザブルの小屋のドアを叩く者があった。
ドアに一番近い位置で寝ていたジュウマが眠い目をこすりこすりしてドアを開く。
ドスン!
ドアを内側に引いた瞬間、何かが小屋の中に倒れてきた。
とっさにジュウマが受け止める。
逆光で最初はそれが誰だか分からなかったが、腕で支えた瞬間、顔に月の光が当たった。
楽であった。
「師匠〜! 楽が戻ってきましたよ〜!」
ジュウマは嬉しそうな声を出してザブルの部屋へ駆け寄った。
その声に驚いたデントも部屋を出てくる。
「驚きました……。
まさかあの場所から半日で戻ってくるとは……」
ザブルが驚きの表情で楽をベッドに寝かせる。
「な、言っただろ? 楽の意志は鉄よりも固いって。ホント、頑固者なんだよなぁ、こいつ。
この年でさ……信じられないぜ。
会ったことはないが、こいつの親も相当な頑固者だぞ、きっと」
ザブルの後ろで、誰にともなくデントが言った。
少し時間をさかのぼってみる……
昼からの修行を夕方には終えたデントが小屋に戻ってきた時、すでにジュウマは食事の支度に取りかかっていた。
大きな体躯を右へ左へと動かす姿が妙におかしかった。
「今日の修行は結構やさしかったな」
デントがジュウマに話しかける。
「そんなことは滅多に言わないほうがいい。
師匠が聞いたら、明日は大変なことになるぞ……って、あ〜あ、おまえ、明日はつらいぞ……」
「?」
意味がよく分かっていないデントに目の動きで知らせてやる。
ジュウマの目はデントの後ろを行ったり来たりしていた。
「わ!
ザブルさん、い、いらっしゃったんですか!」
やっと気付いたデントが引きつった顔を向ける。
食事の支度が整い、ザブル、デント、ジュウマの3人が席に着いた。
「今日の修行はすこしやさしすぎましたね。
あなたは一日目に大変な課題を与えたので、今日は休ませてあげようと思ったのですが、あまりにやさしすぎるのはやっぱりよくありません。
明日は楽さんと同じメニューでやっていただきます。
分かっているとは思いますが、術師が剣士の修行についていくのは並大抵のことではありません。
それを承知の上で、敢えてやっていただきましょう。
見たところ、あなたには少々体力というものが足りないようですので」
デントは先程のセリフを心から後悔した。
……そういえば、さっきから楽の姿を見ない。
「あの……楽は?」
ザブルに聞いてみる。
食事の手を止めてザブルが答える。
「楽さんは今日は帰ってきません。
与えた課題は『この小屋を目指し、走り続ける』というものでしたから。
この時間にここに辿り着くことが出来ない距離です。
森の中で野宿していることでしょう」
ジュウマが同意するかのようにうなずいた。
「うわ、ハードだなぁ……それ。
でも、たぶん楽はまだ走っていると思います。
困ったことにあいつ、一度決めたことはなかなか変えないんです。
鉄の意志ってやつですかね」
まさか、とでも言いたそうな顔でジュウマが顔を上げた。
ザブルの言葉通り、就寝の時間になっても楽は戻ってこなかった……
そういうやりとりがあって深夜に楽が戻ってきたのである。
楽は本当に走り続けたのだった。
3人が見つめる中、今は満足した表情で眠っている。
楽が一日中疲労で寝ている間、デントは剣士用のきつい体力トレーニングをやらされていた。
口は災いの元とはまさにこのことだ。
慣れない体力トレーニングは、デントの筋肉に悲鳴をあげさる。
夕方になって小屋に帰ってきたデントは、今にも倒れそうなくらいにへとへとになっていた。
「あ〜……もう、だめだ……。疲れた……」
ドカッと椅子に座り込む。
テーブルに伏せると、そのまま眠ってしまった。
先に今日の課題を終えたジュウマは夕食の支度をしている。
そこへ楽を伴ってザブルがやって来た。
一日中寝ていた楽はデントとは対照的に元気があふれ出ている。
「あ、デントさん、お疲れさまでした」
そう言って緑色の葉っぱを差し出した。
「何だ? これ……?」
だいたいの予想はついていたが、一応聞いてみる。
「勿論、薬草です。疲労回復にはもってこいですよ。
こうして煎じて飲みます……少し苦いですが、『良薬口に苦し』と古人が言うように、本当によく効きますよ」
薬草の話をしているときは本当に嬉しそうな顔をする。
本当に薬草が好きなんだ、とデントは改めて思った。
4人の食事が終わった頃、ザブルが明日からの予定を話し始めた。
「明日からは森での修行の代わりに、私の買い物につきあっていただきます。
遠出になりますので、20日くらいはかかると思います。
何か質問はありますか?」
あまりにも簡略化された説明だったため、3人は矢継ぎ早に質問する。
「何を買いに、どこまで行くのですか?」
「俺達3人ともついて行くんですか?」
「買い物についていくのが修行の代わり……なんですか?」と。
3人の質問に、ザブルはたった一言だけ「そうです」と、答えた。
「それでは、明日は日の出とともに出発します。
皆さん今日は早めに寝ておいて下さいね」
そう言って、ザブルは自分の部屋へ入っていってしまった。
後に残された3人。
「……一番肝心なところを答えてくれないと……ねぇ」
沈黙を破り、誰にともなくデントが言った。
「そうですね……一体どこへ行くのでしょうか。
ジュウマさん、何かご存知ですか?」
「いや、俺は知らない……今までこんなことはなかったから。
普通の買い物だったら師匠のウィンディーネで1日なのに、どうして……」
「アレじゃないか? 気分転換。
『森での修行の代わり』って言ってただろ?
だから、他の場所に移ってまた同じ修行を始めるとか……」
「でも、それならザブルさんはあんな言い方をしないと思います。
それに、他の場所で同じ修行をしたら、大変なことになりますよ。
この森はザブルさんの不思議な結界で木々も元通りになりますが、他の場所でサラマンダラなどを呼んだりしたら……」
「……確かにそうだな。
それじゃぁ、新しい修行か?
どんなのだろう……体力トレーニングはもう勘弁してほしいけど」
まだ体の節々が痛いデントにとって、それは心からのセリフだ。
「師匠は『何を買うか』『どこへ行くか』を言わなかった。
だだの買い物なら、俺達3人がついていく必要はないはず。
だから、たぶん普通の買い物ではない……これだけは確かだ」
「そうだよなぁ、変だよ。
ザブルさんなら野盗とかでもすぐに退治出来そうだし、移動手段には何と言ってもウィンディーネが一番速い」
「……謎だらけの修行ですね、明日からは……。
でも、考えていても分かりません。
今日はもう寝ましょう。明日は早いですよ」
楽が切り上げを提示し、2人はそれに従った。
3人はそれぞれの部屋に戻り、床に就いた。
その日の深夜、ザブルの部屋の窓から白い何かが飛び立った。
ほのかな光を放ちながら、ものすごいスピードで西へと飛んでいく。
窓際からその様子を眺めるザブル。
口元には妖しい笑みが浮かんでいる。
「ふふ……明日から、楽しみだわ……」
その光が闇に消えるのを見届けた後、パタンと窓を閉める。
3人の修行者達は何も知らずに、朝を迎える……