「昨日の修行はどうでしたか?」
昼食に集まった3人を前に、ザブルが言った。
だが、その問いかけには誰も答えない。
ここで「辛すぎる」と言ってしまっては意味がない、かといって「やさしい」と言っては嘘になる。
「……そうですか、分かりました。
それでは、今日の修行は少し力を抜いてやりましょう」
ザブルは3人の沈黙の意味を悟ってこう言ったが、楽とデントは驚いて顔を見合わせる。
「今日の修行、ってもう昼ですよ・……今日の修行もあるんですか?」
「あたりまえだろ、修行なんだから。
休み無く、毎日、朝から晩まで、たとえ疲れていようとも、師匠の修行は続くんだ。
俺も最初はつらかったが、だんだん慣れてくるもんさ。
そうだなぁ、一月経つと随分違ってくるぜ」
デントの訴えをジュウマが受けてあしらった。
「一月……ね……」
デントがため息をつく。
その日の午後、3人はまたそれぞれの場所に分かれた。
デントは沼の前で、ジュウマは森の中ほどへ、楽は森の奥へと。
ザブルは前の時と同じようにウィンディーネを呼び、楽を運ぶ。
ウィンディーネは相変わらず楽を乱暴に叩き付け、去っていった。
今日、楽に与えられた課題、それは、ひたすらに走ることである。
剣士にとって体力は不可欠。
足腰を鍛えるためにも走りはもってこいの修行だ。
この森の奥から無事沼の小屋まで辿り着くことが今日の課題であった。
このかなりの距離をひたすらに走り続けることは並大抵のことではない。
森の中は薬草の宝庫。
楽にとっては、宝の山をみすみす捨てて逃げ去るようなものである。
走りながら薬草を見つける度、ついつい足を止めたくなる衝動を抑えるのが大変だった。
楽の走る動きにあわせて、腰からさげたお守りが揺れる……。
楽がまだ小さい頃、港町バッカスで薬草祭りが開かれた。
白の月15日に、ラージバルの各地から集められた色とりどりの薬草が、続々と港の市に入ってきた。
3日にわたって開かれるこの祭りに、勿論楽も足を運んでいた。
「一人で行ってはいけない」と、きつく道場の師匠に言われたため、師匠の義理の弟にあたる、昌という薬師に頼み込んで連れていってもらうことにした。
獣人である昌は、町ゆく人々が驚き振り返るほどの体躯の持ち主だったので、体の小さな楽と並んで歩くと滑稽な感じさえしたが、どこか和やかに見える不思議な組み合わせだった。
昌は実に様々な知識を持っていた。
誰も知らないような薬草の効力、調合方法、そして医の知識。
幼い楽にとって、昌から聞く話はどれも新鮮で、驚きを与えるものだった。
一年に数回しか会う機会のない昌だったが、父・漸の過去の話、鬼退治の話など、聞く話全てが面白かった。
そんな昌と一緒に回った薬草祭りの何と楽しかったことか。
薬草祭りで昌が買ってくれたムームーのお守りは今でも楽の宝物である。
このムームーのお守りとは、その名の通り、ムームーという薬草から出来ている。
ムームーはクラリアットの草原に生える多年草で、何か良からぬことが起きる数日前に虹色に輝く不思議な草である。
その性質からか、お守りにする旅人が多い。
「いつか役に立つ」
そう言って昌が買ってくれたのだった。
過去を思い出しながらも、小屋を目指し走り続ける楽。
しかし、先に見えるのは森の木々ばかり。
今日中にこの修行を終えられるだろうか……
陽が沈みかけるのを横目で確認しながら、そう楽は思った。