ファンタジア

在村楽30

 キィィィィ、パタン……

 二人の眼差しを受けたドアが内側から開かれる。
 そして、中から先程とは違った服を着たザブルが現れた。
 相も変わらずその顔は無表情で、それでいて美しい。
 その手には2枚の紙と宝石をはめ込まれたナイフが握られていた。
 ツカツカとこちらに歩いてくる。

「これはただの紙です。そしてこちらは同じくただのナイフ」
 テーブルについたザブルは両手のものを指し示して言った。
「この紙には既にあなた達の名前を刻んであります。
 いえ、見ようとしても肉眼では見ることができません。
 特殊な術によって刻んでありますので」
 どこに書いてあるのかと不思議そうな顔をしていた楽が恥ずかしそうにうつむいた。

「あなた方にはここである契約をしていただきます。
 血文字の契約です。
『言霊』という術があるのを知っていますか?
 これはその一種、応用だと思って下さい。
 友人から教わった術ですので、攻撃的な術法はできませんが、強制力を持たすためには随分と役立つのです」
『言霊』という言葉を聞いて楽が面を上げる。
「いま、『言霊』とおっしゃいましたか?
 もしかして、あなたは拙者の母をご存知ではないのですか?
 拙者の母・凛も言霊使いでした。
 その術はどこで?」
 楽が矢継ぎ早に訊ねる。
「私はあなたの母上の名を存じません。
 この術は私の友人、アリサさんから教わったのです。
 彼女ならあなたの母上を知っているかもしれませんが」

「そう……ですか。
 ……それでは、そのアリサさんは今どこに?」
 気を取り直して楽がさらに訊ねる。
「さあ……彼女は少し前までストレシア騎士団の小隊にいましたが、今はどこにいるか分かりかねます。
 もしかしたらあなたと同じくその母上を捜しているのかもしれません。
 最後にアリサさんがここを立ち寄った時……紅月の初め頃でしたか、『テーヴァに行く』と言ってはいましたので」
「そうですか……。ありがとうございました」
 掴めそうだった母の手がかりがすり抜けていった。
 いや、ほんの少しは掴めたのかもしれない。肩を落とす楽にはお構いなしに、ザブルは血の契約の説明をはじめた。

「この契約は、ここでの修行内容を外に漏らさないというものです。
 それから、契約書に示された血文字によって、その者の魔力の程度、意志・力の強さ、善悪の心持ちも知ることができます。
 昨日のサイオニックのように……先程お話しした無礼な輩のことですが、悪に満ちた心では召喚術を伝えることはできません。
 契約の結果、あなた方の心が悪に満ちているようであれば、即刻、この湖沼地帯からお帰りいただくことになります。
 よろしいですか?」
 両者ともうなずく。
「そうですか。
 それでは、あなた達の血でこの紙にサインを」
 そう言ってザブルは紙とナイフを差し出した。
 二人は指に小さな傷をつくり、言われるがまま、自らの血でそれぞれの紙に名を記した。
「ありがとうございます。
 それではその紙をこちらに……はい、確かに」

 二人の契約書を確認したザブルは突然、古の言葉を唱えはじめた。
 すると、2枚の契約書が宙に浮かび上がり、輝きだす。
 デントの契約書は強い緑色の光を放ちながらふわふわと浮かび上がり、楽の契約書は青白くかすかに光りながら部屋の中を縦横無尽に動き回る。
 しばらくの間、部屋の中を光る契約書が舞うという、不思議な光景が続いた。

「……わかりました、あなた達の事が」
 ザブルがそう言って、古の言葉の詠唱をやめた途端、さっきまで泳ぐように宙を舞っていた契約書がテーブルの上に落ちた。
「あなた達は先日のサイオニックとは違うようですね。
 安心しました。デントさん、あなたの修行を許可します」
 笑うということがないのだろうか、無表情にザブルが言う。
「あ、ありがとうございます!!」
 デントが目を輝かせて喜んだ。
「しかし、そちらの方……楽さんですね、あなたはこの修行を受けられません。
 先程の契約書の輝きでもおわかりでしょう。
 輝きは魔力の強さ、色は善悪の心持ち、動きは意志・力の強さを表しています。
 潜在的な意志・力の強さはかなりのものですが、輝きは弱かった。
 あなたにはあまり魔力が備わっていません。
 修行をしたところで得るものはあまり無いでしょう。
 見ていても構いませんが、ここで見た修行の様子を語るときには魔法によって拘束されます。
 それでもよろしいですか?」
 今度は楽にその無表情な顔を向ける。
「……はい、構いません」
 少し考えて楽はそれを了承した。
「そうですか。分かりました。
 それではジュウマを呼びましょう」
 そう言って、ザブルは小屋を出てジュウマを呼びに行った。

「ジュウマさん、きっと驚きますね」
「ああ、そうだな。
 小屋を出ていくとき、俺達がもう終わりって顔してたからな」

 案の定、戻ってきたジュウマは驚いていたが、それよりも、二人が残っている事への喜びの方が強いようだった。

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