目の前には相も変わらず、同じ景色が広がっていた。
もう太陽が西に沈み始め、深いその森はうっすらとしか見えない。
平原では砂漠ほどではないにしろ、夜になると気温が下がるようだ。
少なくとも、今までテーヴァから出たことのなかった楽は、そう感じていたに違いない。
比較的温暖な気候にあるテーヴァでは、朝でも昼でも夜でさえもあまり気温の変化がない。
国境にそびえ立つ岩山が気温の調節をしている、と昔、道場の師匠から聞いたことがあるが、うまく感覚がつかめなかった。
予想も経験もしていなかった温度の変化に戸惑う。
今日これ以上は進めないと判断したデントは、荷物をひろげてどっかりと座り込んでしまった。
「こんな何にもない所で野宿とは……旅立ちそうそうついてないな」
「野宿……ですか」
「そうさ、野宿だ。しょうがないじゃないか、何もないんだから。
おまえだって他に良い方法が見つからないだろ?
大丈夫、俺が炎属性のやつを呼んで一夜の暖を保証するから」
にっこりとデントは笑うが、楽はおそるおそる聞き返す。
「炎属性のやつ……とは、まさか……洞窟での……」
デントは予想もしていなかった問いに腹を抱えて笑い出す。
「違うって、あんなの呼んだらこの辺一体焼け野原になっちまう。
それに、サラマンダラは滅多やたらに呼び出すもんじゃない。
あんなの毎日呼んでたら、こっちがおかしくなるよ。
俺はまだまだ修行が足りないんでね」
「そ、そうですか……安心しました」
ホッと肩をなでおろす。
「それじゃ呼ぶぜ!
……と言っても、詠唱あるから少し時間かかるけどな」
「それでは、拙者、その間に剣を磨きます」
「そうか、手入れか……大変だな、剣も……」
「はい。でも、この剣は何故か切れ味が落ちないのです。
旅立ちの際に師匠から譲り受けた剣なのですが、振るう度に切れ味が上がっていくような、不思議な感じがするんです」
「ふぅん、そうなのか……素人目に見ても結構綺麗な剣だからな」
デントはそう言うと詠唱に入った。
何と言っているのかは分からないが、拍のついたその音は歌のようにも聞こえる。
やはり洞窟での詠唱とはどこか違うようだ。
楽は、歌のような古の言葉を聞きながら剣を磨きはじめる。
楽の持つ剣は、月の光を受けて刃の部分が青白く光って見えた。
みねの部分は妖しく黒光りし、引き込まれるように美しい。
その形から言うと、刀と言った方が良いかもしれない。
他の国ではあまり見られない、テーヴァ特有の剣だ。
切れ味は他国で使っているソードよく、刃こぼれもあまりおこさない。
テーヴァ国内では一般的な剣であるが、他国ではなかなか売っていないため、時には金貨で取引されるようだ。
その剣を、目を細めて見つめながら磨く楽。
剣と向き合う楽は真剣そのもので、年齢以上の何かを感じさせる。
デントの言葉が強くなった。
「〜ジュリス’ジュリス’パー’ドゥー
ゲルト’ジュリス’ジュリス’ドゥー
テレス’ジュリス’ジュリス’ドゥー
ジュリス’ジュリス’ダン’ドゥー!」
「ファイアフェアリー!!」
その瞬間、目の前に木の実ほどの小さな炎が現れた。
その炎は徐々に大きくなり、手のひらくらいの大きさに膨らむ。
最初は何か分からなかったが、大きくなってやっと、その炎は小さな妖精の羽の部分であることが分かった。
サラマンダラ程ではないにしろ、熱いくらいの熱が伝わってくる。
「こいつは、ファイアフェアリー。
俺はフェアリーマスターじゃないから話はできないが、呼びかけには一応答えて出てきてくれるんだ。
と言っても3時間くらいですぐに帰っちまう。
でも、それだけあれば十分だと思う。
こいつが帰ってしまった後も、しばらくは熱が残るからな。
……それじゃ、俺は寝るから……
ファイアフェアリーでも呼ぶと疲れ…る……
まだまだ修行が…足り…な……」
言い終える前に眠りへと落ちていく。
楽も剣を鞘に収め、明日に備えて横になった。