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「ヘスティアさんっ!!」
エイシャの声が響き渡る。
「―――」
ヘスティアが目を閉じる。小さく早く深呼吸をする。
両手につけている腕輪のうち、右の腕輪が薄紫に淡く光った。
それは一瞬の出来事。
「―――イリス!!」
ヘスティアが封を破る言葉を口にした途端。
漆黒の風が駆け抜ける。
『キシャアアアッッ!?』
サンドスネイクは喉に何かが噛み付いている事に気付き、突然の激痛にのた打ち回った。
何とかそいつから離れ、襲撃者の姿を捉える。
それは、黒い獣だった。
どうやら黒いメスライオンのようだ。だがライオンにしては牙がやけに鋭く尾も長い。
「ヘ…ヘスティアさん……」
エイシャはその場に座り込んだ。
安堵感と恐怖感が一緒になってのしかかってくる。
『がるるるる…』
夜の闇のような体に緑色の瞳がサンドスネイクを見据えた。
どうやら今度はこっちが食べられるようだ。
サンドスネイクはとっさに砂へ潜ろうとするが、体を鋭く尖った爪の前足で押さえつけられる。
「久しぶりに出てきたからイリスはおなかがすいているみたい…」
ヘスティアが歩み寄ってきた。
『がるる…』
「分かった…食べてもいいわよ」
イリスと呼ばれた襲撃者はそれを聞き、そのままサンドスネイクに爪をたてた。鮮血が散る。
『キシャアアアアアアアアアッッッ!!!!!』
サンドスネイクの叫びが砂漠に響き渡った。
「ふう、ありがと、イリス」
『ぐるるる…』
惨劇の後、町へ歩きながらヘスティアは我が相方に礼を言った。
肩にいたシェーナがイリスの頭にとまる。
「あの…ヘスティアさん」
「なに」
「いえあのなにじゃなくって…その子は…?」
ヘスティアの隣をあたりまえのように歩くイリスを見ながら言った。
「私はビーストマスターだから、大抵の動物には好かれるの。でも色々つれて歩くのは面倒でしょ。だからこのなかに入れてあるの」
ヘスティアが自分の腕に揺れている腕輪を指さした。
「召喚獣ですか?」
「違うね。これは本物の動物がはいってるから。だから食事も必要だし、そのままにしてると死ぬ」
そんなことが可能なのだろうか。こんな術は初めて聞いた。
エイシャはそう思ったが、なんとなく口には出さなかった。
「それよりエイシャ、何でそんなに離れてるの?」
「だって…怖いです」
「何で」
「そんなに平然とかえさないで下さい…だってその子、肉食ですよね…?」
「大丈夫。肉食じゃない子もいるから。さすがに私の力じゃ2、3匹が限界で全員は見せてあげられないけど…
あ、見たい?」
エイシャはおもいっきり首を左右に振った。
数十分後、ユーラストルのランフェイズで。
「え、もうユーラストルを出るの?」
突然のヘスティアの言葉にリューファは聞き返した。
「だってまだここにきてから3日じゃない」
「いいじゃない、別に。それにお金も入ったしね」
ヘスティアはいつものカウンター席でそう言って笑った。
隣に座っているエイシャは静かにココアを飲んでいる。
「ところでエイシャ、その箱ってなにが入ってるの?」
「あっ! シェーナさんココア飲まないで下さい〜」
見ると肩から降りエイシャの横にいたシェーナがエイシャがカウンターに置いたココアに首を伸ばしていた。
「聞いてる?」
「あ、はい。えっとですね、この中には…」
エイシャがカウンターの上に置いておいた赤い箱を開けた。
「じゃぁん! これです!」
「?」
ヘスティアが覗き込む。
「…クッキー?」
箱の底にはラッピングもしていないクッキーが一枚、そのまま入っていた。
「走ってるとき、音しなかったけど…」
「あ、これはクッキーじゃありませんよ。重いから音はしないんです。これはですね、クッキーに見せかけた小型爆弾なんです」
「ばくだん?」
そうは見えなかった。どう見てもただの一枚しかない不審なクッキーだ。
「私、一応科学者なんです。それで、遊び心でちょっと発明してみたんです」
「科学者…?」
こんなお嬢様ルックでか? ヘスティアは思った。
「完成したのでアスリースに住んでる私の師匠に見せようと思いまして」
「……あの砂漠を通ってたわけね…変な話。見たところスイッチがないからもう時間はセットしてあるの?」
「はい。作ったときに時間を計算してセットしました」
「あのさ。あとどれぐらい?」
「へ?」
「さっきからカチカチって音が大きくなってる気がするんだけどきのせいかな?」
「ちょっとー、何だか焦げ臭くない?」
リューファが声をかけた。
「えっと、もうすぐアスリースにつくはずの時に落としたから…結構タイムロスしてますね」
「もしかして爆は…」
ヘスティアが言い終わらないうちに箱から轟音と共に閃光店内にがあふれる―――
「まったく、何て旅立ちなの」
リューファが半壊している店を背に言った。
エイシャは一足先に旅立った。
「ごほっ…まあいいじゃない。店はすごい事になったけど…旅立ちは派手にね?」
「あなたが言う事じゃないでしょう…でもエイシャが結界を張ってくれなかったらどうなっていた事やら」
あの後、エイシャは咄嗟に結界を張り、人身被害はなかった。
「わたしは科学者っていうのもまんざらじゃないみたいね。で、これからどこに行くの?」
「ストレシア城にでも行ってみようかと思ってる。じゃ、行くね」
「…いってらっしゃい。またユーラストルに来たらよろしく」
「そのときには店直しておいてね」
ヘスティアはストレシアへと向かった。