ファンタジア

フォルクス9

 もともと、アルサロサは農村が大きくなった程度の小さな町である。宿から防具屋までも、それほどの距離があるわけではない。その間に、いったい何が珍しいのかというほどきょろきょろと動き回るレイチェルを置いて行かないように気を付けていても、それほどなくして、フォルクスはリオに目的地を指し示すことが出来た。
「ありがとうございました」
 礼儀以上でも以下でも無い言葉をおいて、リオは店の中に入って行った。
「さて…と」
 これからどうする、と向かいの小間物屋を冷やかしているレイチェルを振り返ろうとしたその肩を、不意にぽん、と叩かれた。
「フォルクスじゃないか」
 振りかえると、そこには同年代の青年がいた。
「…ヴァンか、もしかして」
 知っている顔だった。首都のアカデミーに在籍していたころの同期だった。
「学校に研究員扱いで残ってると聞いていたんだが、何でこんな所にいるんだ、お前」
「そりゃぁ俺の科白だろ、フォルクス。なんだってこんな所に……しかも女の子連れで?」
 ヴァンの表情が少し変わったのは戻ってきたレイチェルがフォルクスの隣に立った時だ。
「お前にしては随分と勇ましい格好だが、何だ? 噂のセザール師みたいに、放浪の賢者でも気取る気かい?」
 と、フォルクスの影になるようにしていたレイチェルは少し首を傾げた。
「…セザールさんて、どちらのお国のビショップさんでしょ〜。放浪されている方がいらっしゃるなんて知りませんでしたわ〜」
 青年二人は、困ったように顔を見合わせた。代表して、フォルクスが応える。
「ビショップという意味の賢者じゃなくて…」
「では何か偉大な業績を残された方ですの〜?」
「…まぁ、意味はそんなような意味だけど……」
「セザール師個人の場合はちょっと意味が違うんだよ、お嬢さん」
 と、ヴァンが引きついだ。
「俺やフォルクスの居たアカデミーの教師で、何かやらかして追い出されたらしいんだけど……何をやったか誰も知らないもんだから噂だけが一人歩きして学生の間じゃぁ伝説の人になってるってだけ」
「噂ですか〜?」
「本人には会ったこともないが……噂だけならいろいろあったよな…」
 フォルクスが数えあげる。例えば高性能ゴーレムを開発したが暴走させたとか、砂漠の出来た過程についての新説を唱えて対立して確かめるために飛び出したとか…
 それから、思い出したように紹介をした。
「こいつはヴァン。俺のアカデミーの同期で…まぁそういう噂をしたり、一緒に作ってバラ捲いたりするくらいには仲がよかったかな?
 ヴァン、彼女はレイチェルといって……」
「恋人?」
「ただの旅の連れだ」
「だから、何の旅だ?」
「……人探し、みたいなもん」
 ヴァンは軽く肩を竦めて見せた。
「俺も似たようなもの。ランディ家の長男探しとアスト王子からの依頼と……断れないだろう、両方とも」
 フォルクスは頷いた。どちらも格の差こそあれ大貴族だから、ではない。アカデミーは学問の権威として、建前としてはそれが大国の王であろうとも、政治的権力には左右されない。
 しかし、ランディ家というのはその学問の権威の家名である。さらにアスト王子の方はというと、王子という身分よりも、彼の生国は小なりとはいえ、アカデミーにとって、かなり大口のスポンサーだった。つまり、財布には逆らえない、ということだ。
「ランディ家の長男って、五年前のあれか?」
 フォルクスの脳裏には、つい先日会った少年ナイトが過る。
「まだ探してたのか。跡取候補には弟が居たんだろ?」
「“まだ”じゃなくて、“また”。噂ではその弟が病弱で…」
「なるほど……また長男が必要だと……」
「いや、もっと物騒な話さ。長男に跡を継がせたい奴もいるんだが、継がせたく無いって奴もいて……今は共同で探してるが、見つけ出して邪魔者を消しちまえって奴も……ってな」
「つまり、あんまり物騒な話だからこうやって目立たない田舎でサボってる、と」
「そういうこと。もう一つの方もロクな話じゃないし……婚約者に振られたのを連れ戻せ……って」
 おもわず、フォルクスはしゃがみこんでうなだれた。
「なんか、すっごく情けなくないか?」
「相手もお姫さまらしいからな。政略結婚の皮算用を棒に振られて悔しいんだろ」
「そういう性格の暗い奴に捕まえられたら、何されるか判ったもんじゃないだろ、そのお姫さん」
「だから真面目に探す気がないんだよ」
 すっかり学生時代にもどったように話し込んでいるところへ、いつのまに居なくなっていたのか、レイチェルが軽い足音をたてて防具屋から駆けて来た。
「大変です〜」
 フォルクスの目の前まで来て、レイチェルは言った。
「リオさんが〜…防具屋さんのほかのお客さんに攫われて…眠らせられてつれて行かれたって、防具屋のおじさんが〜」
「リオ…だって?」
 先に反応したのは、ヴァンの方だった。
「はい〜リオさんが〜」
「知り合いだったのか、ヴァン」
 ヴァンの顔がさっと青ざめた。
「今話してた、アスト王子の婚約者だよ! どっちに行った?」
「いいのか? 俺はもう、乗りかかった船だから助けに行くが、お前は…」
「フォルクス、さっき自分で言っただろうが。彼女、何されるか判ったものじゃないぞ……眠らせて掻っ攫わせるような、性格の暗い奴だぞ」
 フォルクスは頷いた。
「判った、行こう。レイチェル、どっちだ?」

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