ファンタジア

フォルクス7

 町に入るなり、フォルクスはいきなり、着ていたマントを自分から剥ぎとった。そのまま、レイチェルに乱暴に押し着せる。
 だぶだぶの男もののマントに埋まるようになったレイチェルは、やっとのこと、という仕種で顔を出して、フォルクスを見上げた。
「なにをするんですか〜」
「被ってろ」
 返答が憮然としているのは、どちらかといえば、ついうっかりしていた自分に対して、である。
「まだ連れ戻されたくないなら、汗臭いのは我慢しろ」
 わけがわからない、という顔をする少女をマントに埋めたまま、フォルクスは手近にあった掲示板を無言で指し示した。
 いかにも、といった犯罪者の似顔絵に混ざって、嫌というほど見覚えのある少女の似顔絵がある。付記されている名は当然……
「人が多かったから、門番は気がつかなかったみたいだが、素でほっつき歩いていたら誘拐してくださいと宣伝してるようなものだ」
「……どーしましょ〜」
 そう言う声が、あまり大変そうに聞こえない。
「取り合えず、それでも被って顔を隠してろ。
それから、魔法はやめておくんだな。魔法のマの字も知らない、馬鹿な小娘のふりでもしてな」
 事態がこうだったのならば、さっきのガキと長時間話し込んだのは失敗だったかな、と胸の内で舌打ちする。どこかで見覚えがあったせいか、つい無警戒に話しこんでしまった。
「…では、危なくなったらどどうするんですの〜」
 フォルクスは、軽く肩を竦めて軽く喉の奥で笑ってみせた。
「あんた、俺が酔狂で一人旅してるとでも思ってたのかい?」
 話ながら、フォルクスはそれとなく人通りの無い裏道のほうへと歩いていた。
 やがて、不意に立ち止まると、レイチェルを前の方へ押し出して、目だけは背後の方へ動かした。
「用があるなら面と向かって言ったらどうだ?」
 出てきたのは、ちんぴらと傭兵のあいのこといった雰囲気の男だった。ガラの悪さだけは間違い無いが、たぶん、さっきのアルフェリアとかいう奴のほうが武術は遥かに使えるだろう。
 レイチェルを背後にかばうような格好になったフォルクスに、男は馬鹿にしたふうに笑いかけた。
「お前には用はない。用があるのは後ろの女だ……レイチェル・ヴァレスト、だな」
「知らんな」
 放っておけば返事をしかねない少女に先をこされないよう、素早くフォルクスは答えた。
「お前には聞いていない」
 男は、どうやらフォルクスの存在を無視するつもりらしい。背後の少女を見据えてニヤニヤ笑いながら近寄ってくる。
「危ないですよぉ〜」
 後ろからの小声に、肩を竦めて答える。
「あんた、気が付いてる? セリフがすっかり悪役だぜ」
 無視を決め込む男を見据えて、フォルクスは低い声で呪文を唱えはじめた。

「“森羅の王、万象の主よ、我フォルクス・バームの名に応えよ、
我と汝らが約定に於いて、疾く来れ炎霊よ”」

 フェアリーマスターの魔法は妖精や精霊との会話によって成り立つ。だから魔力や神力のように“自分の力の行使”という概念は無く、呪文も本来必要としない。初歩の頃には呪文らしきものを唱えることがあるが、それは精霊たちとの交渉を円滑に進めて成功率を上げるためのものである。人間同士でいうならば、いわば頼みごとの常套句というような性質のものだ。
 しかし、フェアリーマスターが例外的に“自分の力”を使う場合がある。その時だけはさすがに呪文とも無縁ではいられない。それは、例えばその精霊の本来の場所では無い所に連れ出すための契約と保護の呪文であり、また、今フォルクスが唱えた、本来この場には居ないはずの精霊の、召喚の呪法である。むろん、ほぼ強制的に呼び出すわけだから、当然、精霊たちとの強い信頼関係がなければこの呪法は成立しない。フェアリーマスターなら誰でも、というわ
けにはいかない呪法である。
 フォルクスの手の中に、炎が生まれた。正確には、火の精霊がやってきた。
 それを手の中に上手く隠して、近寄って来る男の前に立ちはだかる。
「悪役を辞める気は?」
「何とでも言え、退いていないと痛い目をみるぞ」
 男は手を伸ばした。それがレイチェルに触れる、その直前。
 男は腹に強い衝撃と熱さを覚えて飛び退いた。一瞬を置き、腹の前に叩きこまれた火の玉は一気に、爆発した。
 男が地面に突っ伏すのを目で確認してから、フォルクスはくるりと後ろを向いてレイチェルの背を押した。
「…さ、行くぞ」
「…あ、あの〜、あの方は……」
「見かけほどひどく無いはずだ。そう頼んでおいたから」
 大通りへ出て、フォルクスはもう一着、フードつきのマントを買った。少女には少し大きめのそれを、改めて頭から彼女へかぶせた。

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