『自分が生まれて来た意味って、考えたことがある?』
まだほんの子供だったフォルクスにそう問いかけたのは、仲のいい、妖精族の少女だった。子供の頃のフォルクスは、人間よりも妖精の友達と、よく遊んでいた。
『ない』
その友達の問いに、彼はきっぱりと、味も素っ気も可愛げも無い返答をした。すると、彼女はくすくすと面白そうに笑った。
『…なんだよ、変か?』
『だって……フォルクスみたいにちょっと変わった生まれをした人は大抵、自分は何か特別なことをするんだ、って言うよ』
『ずば抜けて軟弱なだけだろ。精霊のカゴがなきゃ育てないくらいに』
その頃は、しょっちゅう病気をしていた。自分がそういうふうに弱いことが、なんだか許せなかった。
『でも、フォルクスはその加護を受けているのよ。特別な運命の一つや二つ、あってもいいって思わない?』
『あったとしたら、俺なんかに頼るな、軟弱者って言って、蹴っ飛ばしてやるよ』
子供のころのフォルクスは、あまり“特別な事”を知りたくなかった。好奇心は旺盛な方であったが、それはあくまで大人が知ってることを知りたかったのであり、それ以上のことは知りたくな
かった。それは、彼が無意識のうちに“普通”になりたい、と思っていたせいであるかもしれない。アカデミーでも奇人変人の巣だと専らの評判のアルケミスト部門にいた頃、彼は学部内でも1、2を争う常識家で通っていたくらいだ。
今はそれほどでもない。別に心境が変化したわけではなく、すっかり世間に擦れたこの21年の間の彼の環境では“普通”というものはとても強固な代物で、“特別な運命”などという代物はそうそう彼に無断で入り込んでくるものではないと判ってきたからだ。
少なくとも、今のフォルクスはそう思っている。
それでも、あるいは、だから、『帰らずの島』のことも、気にはなったが、敢えてそれ以上掘り下げて聞きだそうとも思わなかった。
「…まぁ、それはともかくとして、だ」
軽く頭を降って、フォルクスは二重人格さながらに様子を変えたレイチェルを見下ろした。
「そんなお偉いビショップ様には役不足かもしれんが、とにかく取引きだ。移動魔法をよろしく頼む」
口調が皮肉っぽくなるのは、このさい諦めてもらうしかない。なにしろ、フォルクスから見て彼女はこうしてのほほんとしていれば間違いなく15、6の、しかもほとんど絶望的に世間知らずな小娘以外の何者でもないのだ。
第一、レイチェル本人が彼の礼儀だの身分だのを気にする必要がいっこうにないのだ。本来ならば、平民の商家の三男坊な話しかけるのも恐れ多い、声をかけられたらそれを一生の誇りにせねばなら無いほどの身分の差があるのだが……
「はい〜、西の…この町の近くの街道を外れた所、でしたわね〜」
一瞬だけ見せたあの凛とした態度を相手にならまだしも、これではいまさら敬えだの尊敬しろだの言われても、はっきり言って困る。むろん、そんなことを彼女の母国ラジアハンドの騎士辺りにそんなことを公言しよう日には即刻刃傷沙汰になるだろうが。
詠唱が始まる。その様子を眺めながら、ついさっきの話を思い返す。
(…世界の破滅、ねぇ)
けっこうおおごとなんだな、と口の中で呟く。俺が死ぬとかいう程度だけではないらしい。
(まてよ…さっきこいつ、それに近いことで国を出てきたって言わなかったか?)
どう似ているのか…その話と、消えた妖精の村は果たして関係があるのだろうか。
おそらく聞いた所で無駄だろう。それこそトップ・シークレットに違いないし、もしそんな大きな話であるならば、自分に何ができるというのだ? それこそ、そんなことは“特別な運命”をもった人間の仕事だ。
『でも、フォルクスはその加護を受けているのよ。特別な運命の一つや二つ、あってもいいって思わない?』
そう言った妖精の彼女は、村とともに消えたままだ。
「……あってたまるか、そんなもん」
小声で毒づいた、ほぼ同じ瞬間。
不意に身体を奇妙な浮遊感が襲った。
「……レージラール!」
めまいを感じて、フォルクスは思わず目を閉じた。
数瞬。
そして次にその目を開いたとき、そこは全く違う風景になっていた。