翌朝早く、フォルクスはレイチェルを連れて、町の中でも人目の無い所で地図を広げていた。肩には旅装一式、そして長く細い包みはキャラバンの主ドルヴァンに託された『在村の宝刀』。
フォルクスが最初にしなければならなかったのは、騙されて身売りをさせられる寸前で拾い上げてきたこのビショップ猊下の寝床を確保することだった。とりあえず、先に予約を取っていた宿へ彼女を連れて行く。最初、宿の主人は決して良い顔をしなかった。
「俺の店は逢引き宿じゃない」
予想できた反応だった。それで、用意した身の上話をして見せた。
実はずっと行方不明だった妹を捜していたのだが、それがこの町でようやく見つかった。このように無理に明るく振舞っているが、随分な虐待を受けて、その実はすっかり怯えている。どうか傍に置かせてくれ。
我ながら胡散臭い身の上話よりは同じに手渡した金貨の力で、フォルクスの頼みは聞き入れられた。
次に、ドルヴァンと連絡をとった。ここでもレイチェルに行方不明だった妹になってもらい、ありもしない身の上話をしてみせる。彼女を見つけたからには一刻もぐずぐずしていられないが、故郷へ帰る方角は同じなので運搬に不安だという例の物は先に運んでもいい、と。
当然、持ち逃げを心配された。フォルクスは肩を竦めて答えた。
「この容姿を見分けるのは難しいことじゃないでしょう? いざと言うときには指名手配にでもなんでもしていただいてかまいません」
かくして、フォルクスは先渡しの報酬を手に入れた。本当に指名手配にされてはたまらないので、さっさと次の行動へ移るためにレイチェルの前に地図を指し示す。
「いいか、今いるのが、ここ」
と、砂漠の東の端の町を指す。
「で、目的の町がここだから…」
次に指したのは西、つまりもっともクラリアット寄りにある町。
「まぁ〜…見事に端と端ですのねぇ〜」
「だから、その少し手前の草原の…できるなら街道を外れた辺りに飛んでもらいたい」
「あら〜、直接町へ飛んだ方が楽ではありませんの〜」
「……町中へいきなり人間が降って沸いたら大騒ぎになるだろうが」
「………あ〜、それもそうですわね〜」
どちらかといえば議論好きの人間が山といるアカデミーに居たせいだろうか。こういうペースの話し方にはなかなか慣れない。頭痛がしてきそうだ。
話が途切れた合間、レイチェルがフォルクスを興味津々といった風に見上げているのに気がついた。
「何か?」
「フォルクスさんて白子−アルビノ−さんなんですのね〜」
言われて、フォルクスは手にしていた荷物を取り落としそうになった。みるからにその通りなのだが、それを面と向かって、しかも嫌悪の感情を伴わずに言われるという経験は、ついぞ無かった。
「わたし、白子−アルビノ−さんって始めてみました〜」
「……だろうな」
言われるまでも無い。そうそう転がっている種の奇形ではないのだ。
「白子−アルビノ−さんが成長されるのって普通ではできないんです〜」
「……知ってる」
「フォルクスさんはよほど強い何かに護られておいでなのですね〜。すばらしいですわ〜」
この苦労しらずそうな天然ボケの娘は、自分がその加護を失ったら死ぬ、と告げてやったらどんな顔をするだろう。意地悪く、そう考える。
そう考えて、それから、その自分の考えに、不意に背筋に寒気が走った。
いつから、自分はそんな風に考えるようになった?
かつて友人に問われて以降、意識し始めたといっても、やはりそれほど気にしていたわけでは無かった。精霊の加護を失うということは……つまり、この世からある種の精霊が居なくなるなどということは有り得ないと思っていたし、そのはずだった。
最初に砂漠に踏み込もうとした時、精霊はしきりに警告をした。あるいはそれは何かの兆候ではないのか。
『例えばこの世から精霊の類がいっさい消えたとしたら、どうなると思う?』
そうなったら、世界はどうなる? 俺はどうなる?
フォルクスが故郷を旅だった理由……妖精の村が消えた。
そんなことが本来、有り得るのか?
どうして、今、そんなことが気になる?
自分がいつのまにか震えていることに、フォルクス自身は気が付いていなかった。
それを心配そうに見上げるレイチェルにも、もちろん気が付いていない。
「もし…精霊が全て消えたら……」
「はい〜?」
間延びした声に、不意に現実に引き戻される。
「……あの〜、なにか?」
重ねて問われてフォルクスは頭を降った。
「なんでもない…」
元から白いその顔色は、明かに青ざめていた。