ファンタジア

フォルクス29

 山道に、最初にばてたのはフォルクスである。ついには道ばたの木の根本にへたり込んで動こうとしなくなる。
 リオは“疲れるのを忘れていた”というかんじだったし、エーリックの方は旅慣れている上に、結局のところは体力勝負のナイトなのだ。
「情けない奴だな、全く」
 疲れているには違いないが、それでもまだ余裕のあるエーリックがからかい気味に言ってくるのを恨めしげに見上げる。
「山育ちの上に、平然とくそ重い剣なんか振り回して走り回れるような奴と一緒にするな。こっちは完全に平地の街育ちなんだよ」
 そもそも、ごく普通の人に比べて体力があるわけでは全くない。むしろ、本来は弱い方なのを、彼の白子という奇形の障害を補強している“精霊の加護”がついでに増強している、と考えるのが妥当であるくらいかもしれない。
 一見、頑丈そうに見えなくもないのは、フォルクス自身がそう見られるのをいやがって、言動でそうしたふうに装っているからでしかない。
 おまけに、無駄としか思えないほどにリオを心配して立ち止まったり戻ったりとペースを崩していたのだから、ばてて当然といえば当然である。
「うろうろしてるからだ。リオちゃんのがよっぽど平気そうだぞ」
「……やかましい」
 表情はほとんど動かず、けれどもフォルクスの方を見ているリオを、エーリックは心配しているものとった。
「まだこれ見よがしに疲れたって顔してるから大丈夫だろうよ。従妹に言わせると、こいつは本当にヤバい時には無意味に笑い出すんだそうだ」
 それは表情まで気が回りきらなくなる時の非常手段だよ、とは胸の内だけで答えたことだ。

 フォルクスがばてているのにつき合って休憩しているうちに、雲行きが怪しくなってきた。まずいかな、と呟いてエーリックは少し先へ、雨よけにもっと良さそうな木を探しに行った。戻ってきて、少しはずれたところに屋敷があった、という。無人で廃屋らしいが雨宿りにはもってこいだろう、と言った。
 三人がそこに踏み込むのを待っていたかのように、雨が盛大な音を立てて降り出した。
 なんとか使えそうな燭台を見つけて明かりをつける。手入れされている様子なく、分厚い埃が積もったその屋敷は、造りからみて本邸ではなく別荘あたりとして使われていたのだろう、と推測できた。
 おそらくは客間らしき適当な部屋を見つけて落ち着いてしばらく下頃、不意に高い音が三人の耳に触る。
 フォルクスはリオの方を見て、リオは気が付いてお守りの石を取り出す。案の定、『灯台守の心』が光を発している。
「……海じゃないのに?」
 訝るフォルクスの肩に、エーリックは手を置いた。
「外のあれ、何だと思う?」
 言われて、窓の外を見る。雨の中を、それを苦にしている様子もない奇妙な人影の一団がこちらへ向かって歩いてくる。いや、人間に似ているが、何か動き方がおかしい。さらにもう少し近づいてくると、身体の造りそのもののバランスが微妙におかしいことに気が付く。
「学生の頃に研究室で見た、ホムンクルスの出来損ないのサンプルに似てるような……」
 その一団はまっすぐ、彼らのいる部屋の窓のすぐ外までやってきた。まちまちのバランスの悪い体のそれらは剣とか爪とかそれぞれに武器を持っていて、一様に、それだけは揃いのような妙な仮面を着けている。
  ガシャン
 そいつらの一人、あるいは一匹が、いきなり窓を破る。
 フォルクスはリオを背後に庇って窓から離れた。エーリックは、預かり物の方ではなく、元からの自分の剣を抜いて逆に前に出た。
 入ってくると同時に“それ”は目の前のエーリックに襲いかかる。その動きはエーリックは躊躇することなく、それの腹へ剣を突き立てた。
「在村銘はいい剣なんだが……」
 剣を引き抜いて、後続の“それ”の仲間の方へ警戒を移動させながら言う。
「この剣は俺の勝利の女神だからな。これだけはそうそう浮気もできないな」
「おい、エーリック、下!」
 余裕を強調するように無駄口をしていたエーリックは、フォルクスの声に足下を見る。ついさっき、腹に穴を開けてやったそれが動いた。
 急いで、フォルクスは燭台の炎の精霊に呼びかける。
 二撃目。炎の塊が“それ”に直撃する。
「……冗談、だろ」
 “それ”は地面に倒れ、再び、のそりと立ち上がり始めた。

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